霞ヶ関官僚が読む本
現場を知る実務家が語る、あるべき貧困対策

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「生活保護VS子どもの貧困」(大山典宏著、PHP新書)

   学生時代、ボランティア団体に所属していた評者は、毎週通っていた母子家庭の生活保護の受給申請を手伝ったことがある。区役所に出向き、軽い知的障害があったその母に代わって、込み入った家庭事情と厳しい経済状況を説明し、何とか生活保護を出してほしいと頼んだ。最終的には認めてもらったが、申請を受け付けてもらうまでのケースワーカーの対応には、ずいぶん腹を立てた記憶がある(先方からすれば、「憲法25条」や「生存権」といった生硬な言葉を振りかざす生意気な若僧をさぞ迷惑に感じたであろうが…)。

   その後、自治体で福祉行政に携わった際には、「○○は、1日、パチンコをやっている。こんな奴に生活保護を出すなんて税金の無駄遣いだ」、「△△は、高級車を乗り回している。ちゃんと調べたのか。役所の怠慢だ」といった通報、苦情を多数いただいた。また、頻繁にトラブルを起こす受給者に振り回され、疲弊するケースワーカーの姿を目の当たりにし、現場の苦労の一端を知った。

   生活保護行政をめぐっては、必要な人に届いていない(漏給=ろうきゅう)といった批判がある一方で、「不正受給」などにより不必要な人に給付されている(濫給=らんきゅう)といった真逆の批判がある。

   「真に支援が必要な人をしっかり見極めて給付すればよい」と言われるが、厳しい社会・経済環境の下、心身を病み、「ふつうに」がんばることが難しい人が増えている中で、支援の要否を簡単に線引きできる状況ではなくなっている。

   本書は、自治体の現場で生活保護の実務に従事しながら、同時に、ボランティアとして「生活保護110番」を運営し、生活困窮者の支援を続けている著者が、自らの経験を踏まえて提示する貧困対策見直しの処方箋である。

両極に揺れ動く生活保護行政

生活保護VS子どもの貧困
生活保護VS子どもの貧困

   生活保護行政は、その時々の社会の「雰囲気」を反映して、「適用拡大」と「給付抑制」の両極の間を揺れ動いている。著者によれば、「人権モデル」と「適正化モデル」との間で、メディア報道を交えて、激しい攻防が繰り返されてきたという。

   まず「適用拡大」である。従来、生活保護は高齢者、母子家庭、障害者を主たる対象として運営されてきた。しかし、2006年以降、NHKスペシャル「ワーキングプア」など、日本に広がる貧困を告発する報道が増え、さらに、リーマンショックを契機とした「年越し派遣村」などを背景に、働くことができる若者にも生活保護が必要との認識が広がった。現場(福祉事務所)の運用も大きく変わり、間口が広がり、職の無い若者も受給者となった。

   しかし、その反動が来る。著者の言葉を借りれば、2012年のNHKスペシャル「生活保護3兆円の衝撃」がその象徴である。受給者が200万人を超え、過去最多を記録する状況下で作成されたこの番組は、受給が長引く中で就労意欲を失っていく受給者、巨額の生活保護マネーに群がる貧困ビジネスの実態などに焦点を当てた。さらに、年収数千万円ともいわれる芸能人が母親に生活保護を受けさせていた(「もらえるもんはもろうとけばええんや」)という報道も大きな反響を呼んだ。

   こうした「給付抑制」を求める世論を背景として、昨年、生活保護基準が引き下げられ、不正受給の防止等を目的とする生活保護法の改正が行われた。

貧困対策の入口と出口を広げ、「子どもの貧困問題」から始める

   しかし、著者は、こうした「適正化モデル」時代も続かないと予言する。制度の適用を厳格化することは、「救わなくてはならない人たちを切り捨ててしまう」リスクを高めるという理由だ。以前、北九州市で発生し社会問題となった孤立死事件のようなスキャンダルが一つ起るだけで、世論は変わるだろうという。

   両極に振れがちな生活保護行政の歴史を振り返れば、両モデルの対立点を殊更に強調するような不毛なアプローチを改め、今、生じている現実を踏まえ、誰もが合意できるところから着手すべきと語る。

「孤立死や不正受給のような刺激的な事件を取り上げて、現在の体制を批判するよりも、日々の実践を通じて、不正受給には縁のない、どこにでもいる『ふつうの』生活保護利用者の気持ちに寄り沿うことを優先する」
「利用者の声を聞き、現場の苦労をねぎらい、人権を守るべきだという弁護士の言葉にうなずき、これ以上の財政負担は勘弁だという金庫番に頭を下げる」

   著者自身が、切れ味が鈍く「なまくら」と卑下するこの統合モデルは、貧困対策の「入口も出口も広げよう」と説く。そのポイントは、①貧困になる前の予防をしっかりする、②貧困になったら事態が悪化する前にしっかり支える、③早期に貧困から脱却できる体制を整えるの3点だ。

   そして、まずは国民全体で合意が得られている「子どもの貧困問題」から実行していくべきとする。著者は、前著「生活保護VSワーキングプア」(PHP新書)で、生活保護の対象者を絞り込むことの最大の被害者は「子どもたち」だと強調したが、日本でも「貧困の連鎖」が確認されている現状を顧みれば、その通りであろう。

   その意味で、昨年、改正生活保護法とともに成立した「子どもの貧困対策法」と「生活困窮者自立支援法」は、新しい貧困対策を進める上で鍵を握る重要な枠組みだ。これまで生活保護は、お金を配ることにのみ焦点が当たっていた。しかし今後は、経済的支援だけでなく、自立に向けて、どう寄り添って支援するかが問われることになる。既に、各地で生活保護世帯の子どもの学習支援などの取組みが始まっているが、大切なことは、こうした寄り添い型の支援がどこまで効果を上げることができるかであろう。新たな貧困対策の展開を期待したい。

厚生労働省(課長級)JOJO

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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