テレビについての出版が相次いでいる。その放送が始まって今年で60年だからというが、生誕何年でございのカレンダー話よりインターネットの普及や多チャンネル化の進展が今を大きな節目と考えさせるのだ。この機械とのつき合い方を世代ごとに調べた『テレビという記憶』(萩原滋編、新曜社)が日経新聞に。「団塊」「仮面ライダー」「ながら視聴」「モバイル生活」それぞれの世代を見つめれば、社会の変遷とテレビの今後をめぐる議論が浮かんでくる。【2013年11月17日(日)の各紙からⅠ】
視聴スタイル、テレビとの距離感は
内容はぎゅう詰めだが、わかりやすい構成の本だ。1950年代の街頭テレビから家庭生活の必需品へといった経緯を番組やアイドルの変遷とともにたどるだけではない。中高生から高齢層まで、世代ごとのテレビ観をインタビューもからめて分析することで、人々の価値観やメディアとしての影響力に触れていく。
75歳以上の高齢層を「大人としてテレビに出会った最後の世代」ととらえた点だけでも、他世代の特性までも示唆しておもしろい。テレビとともに育った50歳代や60歳代の団塊世代は老後もテレビと過ごす時間が長いらしい。40歳代は中学入学前までテレビが生活に深く組み入れられていたのに、その後は関心が急速にしぼんだ。
テレビに釘付けになる視聴スタイルは、今の子育て世代から他のことをしながらに変わっていったとの分析もうなずける。テレビとの距離感は世代によって大きく変わる。
ネオ・デジタルネイティブ世代の若者たち
もっと若い世代。動画共有サービスやインターネットの並行利用などをふくめて、大学生とテレビの関係を考えた。さらに、中高生のネオ・デジタルネイティブ世代と呼ばれる若者たちがケータイ、パソコン、音楽プレーヤー、ゲーム機などを使い分ける現状も探った点には新鮮な研究価値がありそうだ。「特に、若者世代のSNSとの使い分けの分析は有用である」と、日経評者の稲増龍夫さん。その点ではテレビ社会学ともいえる労作だ。
現役テレビマンによる『それでもテレビは死なない』(奥村健太著、技術評論社)、テレビジャーナリストやメディア・ウオッチャーらの『テレビはなぜおかしくなったのか』(金平茂紀ら著、高文館)も、展望や反省を語る。テレビとは何か、影響力はまだあるのか・ないのか。盛られた答えは一つではないが、激しく変化しつつあるとの認識が共通する。
テレビ離れが言われて久しい。一方で、ドラマ「半沢直樹」のヒットもある。それでも視聴率はかつての紅白歌合戦の半分とか? テレビのゆくえは、まだはっきりしない。
(ジャーナリスト 高橋俊一)
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