原題は『Why Is Sex Fun?』(なぜセックスは楽しいのか)。刺激的なタイトルなため、このままの書名ならば、書店のレジに持ち込むのがちょっとはばかられるところだが、中身は至ってマジメな自然科学の本である(著者は『銃・病原菌・鉄』でピュリッツァー賞を受賞したジャレド・ダイアモンド)。
『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』(長谷川寿一訳、草思社文庫)。主に進化生物学の知見を基に、人間の性がどのようにして現在の形になったのかを解き明かしたものだ。1999年に単行本として刊行されたが(その際の書名は原題どおり)、今年、女性や中高生にも手にとってもらえるよう改題し、文庫化された。たまには仕事に無関係な本をと思いつつ、新刊書をひやかしていたら、「まわりから隠れてセックスそのものを楽しむ――これって人間だけだった!?」という帯に誘われて、手に取った。Hな満足は得られないが、知的好奇心は十分満たされる本だ。
他の動物と比べ、とても風変わり
「吾輩は猫である」ではないが、本書は、冒頭、飼い犬の述懐で始まる。
「あの気色悪い人間たちときたら、月のどの日でも(妊娠の可能性がないとわかりきっているときでも)セックスをするんです」、「飼い主の母親は何年も前に閉経とやらを迎えていて、もう妊娠することはできないのに、まだセックスを求めていて、夫はそれに応えているんです。何という無駄でしょう」、「(人間たちは)寝室のドアを閉め、二人きりでセックスをするんです。友人たちの前ではしないんです。自尊心の強い私たち犬とは大違いです」
本書によれば、地球上の約4300種のほ乳動物の標準からみれば、人間の性的特徴は極めて特異だという。
・男と女が家族(つがい)を形成し、共に子どもを育てる。
⇒ほ乳類の多くは、オスとメスが出会うのは交尾のときだけで、オスは子育てをしない。
・周囲から排卵が確認できず、繁殖以外の目的でセックスをする。
⇒多くの動物は、外から匂いや視覚で排卵が確認でき、イルカ等の少数の例外を除き、繁殖時期にしか交尾をしない。
・人目を避けてセックスをする。
⇒大部分のほ乳類は、群れのメンバーの見ている前で交尾をする。
・ヒトの女性には閉経がある。
⇒大多数のほ乳類は、死ぬ瞬間まで受胎可能か、加齢とともに徐々に繁殖能力が衰えるかのいずれか。
人間にとって、アタリマエのことが、動物世界では、決して、アタリマエではないのである。