地図、古地図、ぶらり散歩がそれぞれ静かなブームだそうだ。その代表格ともいえるシリーズの最新作『地図と愉しむ東京散歩 地形篇』(竹内正浩著、中公新書)を読売新聞が著者紹介欄で紹介している。
なにも東京に限ったことではないが、日本の街の多くは複雑な地形と歴史の上にできていて、調べれば興味は尽きない。ブームは、不景気で遠出より身近な街を見つめようという気持ちの現れか。アベノミクスの景気刺激策に浮かれきれない人の心をとらえ続ける。【2013年10月6日(日)の各紙からⅡ】
「土地の記憶を押しつけることなく」
都内各地の成り立ちは、「谷底につくられた渋谷駅」のように、いくつかは知る人ぞ知る話。それを綿密な調査作業と豊富なデータを駆使して「へえ、そうか」という話に仕立てた。
二部構成。まず標高観察に基づいて皇居の「山と谷」を読み解く。人工的に作られた御茶ノ水の渓谷、川を埋めてつくられた戸越銀座、消えた日暮里の坂などを、本は丹念にたどってゆく。東京が自然の起伏と人間の歴史に富んだ土地であることに、改めて感心させられる。
後半には、「城南五山」が出てくる。麻布や高輪、本郷や目白などの高所にあったものは? 「山のお屋敷」華族や富豪の邸宅の移り変わりを、本は解説。調べた「都心の山」は180以上。お偉い人や金持ちは昔から高いところが好きだったらしい。
著者はJTBの旅行雑誌『旅』の元編集者。各地を旅しつつ39歳で地図や近現代史をライフワークにするために独立したと読売の「著者来店」欄に。本では一人称を使わず「土地の記憶を、押しつけることなく伝える」と、清岡央記者が著者の姿勢を評価している。
こちらはひどく一人称的な記録
場所の記憶をまとめた本としては『東京百景』(又吉直樹著、ヨシモトブックス)を朝日新聞が。お笑いコンビ「ピース」のボケ役としてテレビや舞台で活躍する著者が18歳で上京してから15年間に書きためた風景と日々の記録。武蔵野、原宿、下北沢、立川、勝鬨橋といった地名に個人的な思い出をからめて。
こちらは、ひどく一人称的な記憶の一冊だ。母を連れていけずじまいだった東京タワーとか。評者は詩人・水無田気流さん。
土地、風景、東京。扱う素材は同じでも、二紙がとり上げた本は性格も味わいもまるでちがう。読者それぞれの好みに応じて、読書の秋を楽しめる。
(ジャーナリスト 高橋俊一)