「格差社会」は、日本のみならず欧米先進国やBRICsなどの新興国を含め今やグローバルな社会問題である。そして本書『PLUTOCRATS(大富豪たち)』(クリスティア・フリーランド、The Penguin Press.)は、格差社会の一方の頂点である大富豪たち(個人資産が数十億、数百億、数千億の人々)が、新しい支配階級を作りつつある現実を、世界各国の政治・経済・社会の幅広い側面に取材し、明らかにしている。
著者によれば、大富豪の時代(=超格差社会)は19世紀末から20世紀初めにもあった。カーネギー、モルガン、ロックフェラーなど、産業・金融資本が生み出した大富豪たちである。その後、20世紀の経済発展と福祉国家政策を通じて所得格差は一旦縮小したのだが、80年代から再び拡大を始め、21世紀は第二の大富豪時代となっている。
国家の仕組みによって制御できなくなっている
現代の大富豪たちは、大きく分けて3種類いる。第一は、IT革命が生み出したビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグなど新興大企業の創始者たち。第二は、旧社会主義国の民営化で国有企業や資源利権を買い取った新興国の大富豪たち。第三は、レーガン・サッチャー以降の欧米の金融規制緩和に連動して、ウォールストリートやロンドン・シティに発生した金融機関のトップ経営者・ディーラーたち。これら別々の起源を持つ彼らが、グローバル化というもう一つの大波に乗って、急速に「グローバル特権階級」ともいえる共通の社会圏を形成し始めている点が興味深い。しかも、彼らの生活は国境に縛られないがゆえに、税制や社会保障制度などの国家の仕組みによって制御できなくなっている。
本書を読んで、改めていくつかの発見があった。例えば、大富豪社会の周りに大富豪たちに奉仕する専門家集団が小富豪社会を形成しているということ。具体的には、弁護士、経営コンサルタントのような経済専門家グループの他、大富豪の私生活を支えるトップ文化集団、例えばロンドン(=ロシアやインドの大富豪の集積地)の超高級住宅街のデベロッパーや、高級レストラン・ファッション産業関係者が小富豪のメンバーである。あるいは、エイズ撲滅などの社会貢献活動は、大富豪社会のシンボルとなっているが、この結果、アフリカの地域医療の人材が大富豪財団に吸収され、地道な医療活動の人材が不足をきたしていることなど。
安全な場所から富の追求を謳歌
著者のメッセージは次の3つである。第一に、21世紀の大富豪たちは、自らの才能と歴史的幸運でのし上がってきたが、その子孫が生まれついての特権階級化しつつあること、第二に大富豪たちが地球上に彼ら独自の新たな世界を作り一般大衆と隔絶しつつあること、第三に彼らが自らの利益を守るために世界の政治経済システムに対して過大な影響力を行使しつつあること。
最大のリスクは、大富豪たちが、自分が生まれ育った国内の不満と向き合わずに、グローバル特権階級として安全な場所から富の追求を謳歌できるようになっていることだろう。
バランスのとれた取材と基本的なデータの収集、そして産業革命以降の富の移動の推移に関する巨視的な分析によって、本書は通俗的な「格差社会」ものを超えた重たい現実を抽出することに成功している。
経済官庁(審議官級)パディントン
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