食と農業について踏み込む本が2冊出た。国産米に格別のこだわりを抱き続けた作家の発言をおさめる『井上ひさしと考える日本の農業』(井上ひさし著、山下惣一編、家の光協会)を朝日新聞が。過疎の山村に都会から行って根づく「Iターン」をなしとげた仲間たちの『やさか仙人物語』(有限会社やさか共同農場編、新評論)を毎日新聞が紹介している。どちらも高く評価され、小さな欄に評者の思い入れがあふれ出る。
究極は関税ゼロの自由貿易を掲げるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に安倍政権が交渉開始。このさき日本の農業はどうなるのか、食べ物作りをだれに頼るのか、いまのうちに考えておくのには、どちらもピッタリだ。【2013年8月11日(日)の各紙からII】
「自分の食べ物ぐらい自分で」
品質を別とすれば、世界には日本より安いコメが山ほどもある。特に売りたがっているのがアメリカで、日本は高い関税によって自国米の生産・消費をかろうじて守ってきた。「コメの自由化」論議が盛んになった1987年から2008年、政治家でも学者や農協関係者でもない異色の論者が登場した。人気作家・劇作家だった井上さんだ。「食糧というものはほんとうに国際取引ができるものか」「自分の食べ物ぐらい自分で面倒をみるべきだ」(『コメの話』新潮文庫)などの問題提起が誠実で新鮮に響いた。
今回の本は、当時のエッセー、講演、対談を農民作家の山下惣一さんがまとめた。日米の立場は当時とまったく変わらず、高齢化や後継者不足といった日本農業の危機はいっそう深まった。井上さんの意見は説得力を増したように思える。TPPを「改めて考えるためのヒントがたくさん詰まっている」という朝日の書評は無署名。