書名だけで中身を推察できる本がある。新鮮な響きを感じれば、人はつい読みたくなる。『里山資本主義』(藻谷浩介・NHK広島取材班著、角川oneテーマ21)は、その絶妙なネーミング。高齢化の対応に追われ、赤字国債増発や原発再稼働につき進む現代日本のマネー資本主義の対極として身近な資源を活かそうという提言だ。
社会の現状に人々がうんざりすればするほど、この種の本はうける。朝日新聞読書面の、なぜかビジネス欄に。一方、アマゾンのカスタマーレビューでは「目の付けどころは良いが論理が粗雑で非常に評価が難しい」と、ピシャリやられている。盛られた事例や主張を一つずつ冷静に見きわめる必要がありそうだ。【2013年8月4日(日)の各紙からI】
資源は山にある、原価は0だ
高齢化の進行や財政の悪化を嘆き「日本は衰える」とあきらめるのは誤りだ。周囲をよく見れば原価0円の資源があるではないか。そう強調して、山林の「休眠資産を再利用すること」から地域の自立と安定を図るという考え方を、本は自信たっぷりに打ち出す。
NHK広島の番組がベースなので中国地方中心の事例紹介はしかたない。それでも、本は「世界経済の最先端、中国山地」といってはばからない。これまでは廃棄していた木くずを燃料にしたバイオマス発電で電力をまかなう製材工場が岡山県にあるそうだ。地域の暖房にも木くずを固めたペレットをつかう。本はここに過疎地域再生のカギを見出す。
もう一つの事例は、オーストリアでコンクリートから木造高層建築への移行が起きていること。最先端技術によって古い経済モデルが新しくよみがえると、本は力説している。
山を資源に。「長所だけを強調しているきらいもあるが、日本の有力な選択肢として熟考したい」と、朝日の評者・梶山寿子さん。一方、アマゾン「カスタマー」反響の一つは「国債を発行しないで予算が組めるか」「高齢者福祉を維持できるかどうかよくよく考えるべきである」と手厳しくも、論理的だ。この指摘は、提言の問題点を的確についている。
一見美しい言葉で既定事実のように
ほかには「多様化する働き方」をとりあげた日経の読書面トップ記事が目立つ。
『正社員消滅時代の人事改革』(今野浩一郎著、日本経済新聞社)や『ワーク・シフト』(リンダ・グラットン著、プレジデント社)などを慶応大学の先生があげて、従来の正社員とは切り離された「制約社員」の多元的人事管理などを語る。
こういうときの書名も著者や評者の言葉も「あたらしい」「自由な働き方」など一見美しいが、実態は人間切り捨ての企業論理との批判もある。議論ある問題を既定事実のように指し示すのはおかしい。提言内容と論争の行方を、ここでも冷静に見きわめたい。
(ジャーナリスト 高橋俊一)
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