「上戸は、をかしく、罪許さるゝ者なり」とおおらかさも
もう一つの特徴は、知ったかぶりをする者や分を弁えない者などへの軽蔑である。こうした者たちへは、「いとも知らぬ道の物語したる、かたはらいたく、聞きにくし」(第57段)と極めて厳しい。第193段では、暗愚な人が他人の知能の程度を推測することは的外れだとして、「己が境界にあらざるものをば、争ふべからず、是非すべからず」としている。
他方、兼好には偽悪的なところもあって、これまた面白い。例えば第117段では、「よき友、三つあり」として、「一つには、ものくるゝ友。二つには、医師。三つには、知恵ある友」を挙げている。物をくれる友を真っ先に挙げているところが、いいではないか。
また、無常を説き遁世を勧める一方で、女性も酒も嫌いではなさそうなところがいい。第175段で、彼は酒について、何かある度に無理に酒を飲ませて喜ぶのは理解できない云々と散々こき下ろしつつも、「かくうとましと思ふものなれど、おのづから捨て難き折もあるべし」とし、月見酒がいい、雪見酒も花見酒もいい、旅先で外で飲むのもいい、無礼講がいいと並べた上で、「上戸は、をかしく、罪許さるゝ者なり」と、我々酒飲みが大いに力づけられることを述べている。筆者が一番好きな段でもある。
経済官庁(Ⅰ種職員)山科翠
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