どんな物にも歴史があり、そこから世界と人間を見つめることができる。『鉄条網の歴史』(石弘之、石紀美子著、洋泉社)は、発明以来140年余にわたり人と人、土地と土地を強引に仕切ってきた「史上最強のテクノロジー」の陰影を追った。言葉自体には快いイメージはまったくないのだけれど、思わぬ自然復活の効用もあり「へえ」と読者をうなずかせる一冊だ。【2013年4月16日(日)の各紙からII】
家畜、人間、自然を仕切る
鉄線にトゲとなる鉄線を巻きつけただけの代物。しかし、これがアメリカ西部開拓史を画し、その後は家畜どころか人間をも強制的に束縛し、今も現役で機能する。人類が生んだ単純でかつ最強の「外敵排除」ツール・兵器なのだ。
「西部劇を終わらせた」と荒俣宏さんが朝日新聞で。この書き出しが威力のほどを示している。カンザス州には「鉄条網博物館」が。もとは「家畜が花壇を荒らさないように」と妻に頼まれた男が考えた素朴なフェンス。これでカウボーイの仕事が減り、大牧場主と農民たちの土地の囲い込み競争に引っぱりダコ、生態系を変えるほどに使われたという。
戦争では、今度は人間を囲った。戦場や強制収容所の必需品。南ア・アパルトヘイトの「差別する側」と「される側」の対立にも、本は触れる。今でもチェルノブイリで立ち入り禁止の境界となり、朝鮮半島では軍事境界線に長くのびる。そこでは皮肉な異変が。
人を遮断した地域に自然が戻り始めた。とくに大型動物の増加がめざましいそうだ。強制的に仕切ることのなんというもの凄さか。福島第一原発の立ち入り規制区域ではどうなのか。露骨な鉄条網はなくても仕切りのあちらでは? この超強烈な品物から人間の過去と未来を、本は読む人に考えさせる。