『戦前昭和の社会 1926-1945』(井上寿一著 2011年 講談社現代新書)。著者は、本書のねらいを、戦前昭和の社会の歴史を手掛かりとして今の日本社会を考えることであるとする。そして、まず当時の日常生活をアメリカ化・格差社会・大衆民主主義の三つのキーワードから再現するところから、筆を起こす。
戦前昭和の前半期、電球に始まり、扇風機、アイロン、コタツ、ラジオなどの家庭電化製品が、一般家庭に急速に広まっていた。デパートは出店ラッシュ。人々はハリウッド映画を楽しみ、アメリカに憧れた。まさに「今日は帝劇、明日は三越」という大衆消費社会化が進んでいた(筆者注:おそらくそのピークは日中戦争直前であろう)。
経済格差の拡大と是正求める動き
他方、金融恐慌に始まる昭和の経済危機の中で、経済格差は拡大していく。筆者は、戦前昭和の左翼運動、農民運動、さらには新興宗教なども格差是正を求める動きと位置付けている。そしてこうした動きを経て、大衆民主主義のカリスマ近衛文麿の登場と相前後して日中戦争が起きる。著者は、それでも国民が失望せず、戦争に協力したのは、戦争が持つ社会の平準化作用(=著者の言う「戦時下における社会の下方平準化」)に期待したからであると分析する。
近衛は新しいメディアであるラジオが作ったカリスマであったが、皮肉なことにそのラジオの報道は国民に戦勝気分を蔓延させ、その結果、近衛の日中戦争不拡大方針は次第に困難に追い込まれる。そして、近衛は退陣を余儀なくされる。しかし、戦時体制下で、富裕層の生活水準が下がることで結果的に格差が是正されたため、これを支持する大衆は近衛に期待し、彼は三度政権に就く。しかし、結局近衛には対米国交は調整できず、三度目の退陣に至るのである。著者は、東条内閣の対米開戦を、近衛のカリスマ性の下でかろうじて保持されていた「アメリカ化」・「格差是正」・「大衆民主主義」という三者間の均衡の崩壊であったと指摘する。