二世ブームがきている。総選挙で二世政治家が親の地盤を臆面もなく受け継ぎ、歌舞伎役者の世襲が話題になり、タレントジュニアもテレビ画面に親とよく似た顔を出す。しかし、『父 水上勉』(窪島誠一郎著、白水社)は、有名人の二世がナナヒカリに乗ってつづったお気楽話とはまるで違う。
生き別れの、壮絶とも言っていい20年をバックに父を見つめた子の心情。これを扱った日経新聞の記事も、著者の横顔欄としては異色な内容に仕上がっている。【2013年1月27日(日)の各紙からI】
再会からの謝罪と敬意
『飢餓海峡』『雁の寺』などの作家・水上勉。戦前に小説家を志して上京し、食うや食わずの転職を重ねながら、ある女性との間に一子を設けた。諸事情から養子に出されたその子が、この本の著者だ。
子は20年かけて父をさがす。30代半ばで捜し当てた父は流行作家になっていた。戦後の奇跡的な「運命の再会」はニュースになり、NHKのドラマで放映もされた。父は著者の養父母に謝罪し、子はやがて敬意をもって父に接する。
「わからなければわからぬほど、わたしは父親の真実をしりたいという欲求におそわれる。その『人』に惹かれる。何とかして、その『人』を知りたいと思うのだ」とある本は、再会後から父晩年の姿までを記す。
だから、「子どもが近くで見ましたよ」式の大作家・政治家・スターの日常エピソードではない。丹念な資料収集もし、他にはない対話を加えたユニークといえばユニークな評伝だ。
著者自身が印刷工や酒場経営などをへて、長野県上田市に戦没画学生慰霊美術館「無言館」を開設したという経歴の人物。その心情が熱く語りかける。一読の価値は十分にある一冊といえる。