1月に入ると、通常国会に提出する法律案(法案)の作成も大詰めだ。法案は、予算に関係する法案は予算案提出後3週間以内、予算に直接関係のない法案はその後4週間以内に国会に提出することが内閣と国会の間での慣例となっている。
この法案作成業務(法制執務)は、一般になじみのない公務員特有の仕事だろう。『新訂ワークブック法制執務』(ぎょうせい 法制執務研究会編 2007年)が、このための霞が関の隠れたベストセラーだ。
法治国家として一番やってはいけないこと
具体的な法案の案文(条文)は、明治以来蓄積された膨大な法律体系と矛盾のないように、内閣法制局の厳しい審査を受けて作成される。総務省運営の法令データベースを活用し、過去の法律の「用例」をくまなく調べて、新規の言葉を使うことは可能な限り避け、新しい条文に活用する。条文が不明確なものでもいけない。「大きな政府」や「小さな政府」という言葉はこれまで法律に使われたことはない。
法案は、国会で可決・成立すれば、天皇の御名御璽入りで公布される重いものだ。条文に1字の間違いも生じないように、読み合わせをしてチエックを行う。『現行日本法規』(ぎょうせい 法務省大臣官房編)や公的な文書の原本となる「官報」(国立印刷局発行)に遡り、改正のもとになる正確な現行法の条文を確認する。法案が成立すると新しい法秩序が形成されることになるから、「経過規定」を作成し、これまでの法秩序からの円滑な移行に配慮する。法案の最後の部分の「附則」の中にあるので目立たないが、技術的には難易度が一番高く、作成者の法的センスが問われる。
法律の運用の話ではあるが、昨年問題になった大学の設置認可が良い例だ。従来の制度を信頼して行動してきた国民に対し、その経過を考慮せずにいきなり方針転換することは、法治国家として一番やってはいけないことだ。
日本は本当に「役人天国か」
条文が示すことになる内容の方の関係省庁などとの文案調整も大変だ。法案を作成するために人員が一室にかき集められることが多い。霞が関では自虐的に「タコ部屋」と隠語で呼ぶが、少ない人数で過酷な激務をこなす。身体を壊す国家公務員も少なくない。一般職(事務職)の国家公務員には、労働基準法や労働安全衛生法の適用はなく、厳しい労働基準監督署の立ち入りもない。
インターネット上で重宝される「社会実情データ図録」を運営する本川裕氏の新著『統計データはためになる!』(技術評論社 2012年)には、国・地方を合わせた公務員を話題にした「日本は本当に『役人天国か』~実際は数が少ない公務員」という項目がある。
本川氏は、行政改革が大きな課題になっている一方、「行政の不足」の面も同時に存在している可能性もあり、そのため国民の不幸が生じている可能性も大きいと指摘する。また、氏は、「日本の公務員が世界比較でみて人数が多いわけでもなく、他国の公務員に比べて給与水準が必ずしも高いわけではない」と「図録」で示した。すると、「公務員数や公務員給与水準における日本の位置づけについては、政治的な課題からの類推によって生じる大方の通念とは異なっているためネット上でも大きな議論」となったと記す。
法制執務のように、公務員の仕事の多くは機械で代替しにくい高度に集約的な人的労働で成り立っている。行政の停滞は許されないが、旧日本軍のように、現実を直視せず兵站を無視して少数の現場の頑張りに頼るだけであれば、組織の劣化が止まらず、日本の公共セクターが内外において無残な失態を繰り返す事態を避けることは遺憾ながら困難だ。
経済官庁B(課長級 出向中)AK
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