吉本隆明による丸山真男批判の深層
終章では、丸山真男と吉本隆明という対照的な知識人が登場する。戦後の旧制高校的教養主義復活期の論壇のスターである丸山は、一高・東大を経て東大法学部教授となった。これに対し、吉本は東京下町の船大工の三男に生まれ、工業高校、東工大と歩み、組合運動を経て論壇入りした。著者は、吉本の丸山批判について、理論闘争というより山の手知識人と下町知識人、正系学歴と傍系学歴の社会軌道にもとづくハビトゥス(気質)の反発と指摘する。
そして、丸山が東大教授として吊るし上げを食った大学紛争については、大学進学者の増による学歴インフレの中で、大衆化したサラリーマンという将来しか描けない学生の側の現実と、教養知識人という内面化した物語との不整合であると分析し、吉本が放出した学歴貴族文化への怨恨こそ運動を担った学生の感情を代弁するものとしている。
著者の指摘するように、大卒ということがエリートとしての社会的身分を意味しなくなった昭和40年代後半以降、学歴貴族文化としての教養主義は無意味化したのかもしれない。しかし、筆者の素朴な気持ちとしては、旧制高校の教養主義の芳香には憧れてしまうし、自省的に言えば、立法や行政を含めて実務に携わる者ほど古典や歴史などの教養があった方がいいような気がする。身分文化ではない新しい教養主義の議論が望まれる。
経済官庁(Ⅰ種職員)山科翠
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