先の8月15日の終戦記念日のメディアや有識者のコメントは、こういっては失礼かもしれないが、大変呑気で過ぎ去った過去の歴史を思い出として回顧しているかの如くだった。日本人にとって悲惨な戦争や内乱は遠い過去のもの、あるいは見知らぬ異国のことなのだろう。少なからぬ日本人は、世界情勢にも日本の置かれた立場にも疎く、関心も持たないし、今や歴史的地球的視点でものを考える能力も喪失しているように感じられる。
そこで、呑気な日本の終戦記念日を契機に、少し現代日本を離れて日本の「非日常」=「世界や歴史の日常」を探るべく、今回戦争や紛争、内乱の悲劇とはどういうものかを克明に描写した本を3冊選んでみた。
チェチェン紛争やルワンダ大虐殺、アウシュビッツ収容所
ひとつはチェチェン紛争の際に医者として戦場で敵味方差別なく人間の命を救うことに邁進したチェチェン人医師の話(『誓い』ハッサン・バイエフ、天野隆司訳、アスペクト)、もうひとつはルワンダの内戦のときに大虐殺の場面を奇跡的に生き延びたツチ族の女性の話(『生かされて。』イマキュレー・イリバギザら、堤江実訳、PHP研究所)、それに「絶滅収容所」で知られるアウシュビッツの支所を生き延びた精神科医の精神的分析(『夜と霧』V・E・フランクル、池田香代子訳、みすず書房)だ。
いずれの本も集団心理に陥った人間がしでかすとんでもない悪行に驚愕する。ある場合はルワンダのいわゆるエリート族ツチに対するフツの恨みであり、ある場合はユダヤ人に対する妬みであり、またある場合はロシアに服従しないチェチェンに対する征服欲だったりするが、どこかでスイッチが入ると、あとはもう暴走一途。ツチ族もチェチェン人もユダヤ人も民族浄化のレベルまで大虐殺されることになる。
「異常」示すが、それ自体は「正常な反応」
「自分の力ではどうしようもない事態に陥ったとき」の精神状態は興味深い。ヒトは狂気に囲まれると自らも狂気の渦に身を投げ込むことでのみ精神的に救われるのだろう。アウシュビッツでガス室送りを逃れるために土壇場で死にもの狂いで仲間を差し出す者はまだいいにしても、自ら囚人でありながらナチス親衛隊の手下となって親衛隊以上に囚人を痛めつけた「カポー」(囚人を監視する囚人」)や、ツチ族に助けられてきたのにその虐殺に加担するフツ族などは、人間の条理からすると許されない「異常な精神状態を示しているが、それ自体は正常な反応であって、このような状況との関連において見るかぎり、典型的な感情反応」(『夜と霧』)なのだ。
一方、著者、すなわち、イスラム教徒であるチェチェン人医師や敬虔なカソリック教徒であるツチ族の女性、そしてアウシュビッツを生き延びたユダヤ人精神科医は、いずれも今現在自分が置かれている現実と精神的な世界を遊離させ、自らの精神をある意味“神”や“哲学”の世界にまで高めてしまう。そうすることによって、精神的正常性を保つとともにヒトとして普遍的に正しい理性的判断と行動をする。
通常そういう「いい人は帰ってこなかった」(『夜と霧』)と考えると、同様の精神状態を保ちつつ消えていった人間も実は多数いたに違いない。それが抹殺された側だったか抹殺する側だったかを問わず。
集団心理を煽るメディアや国家の在り方についても考えさせられる。チェチェンでは外国メディアが締め出され、世界はおろかロシア国民にも「現実」は知らされず、モスクワでのテロ事件等を契機にロシア政府はチェチェン人の殲滅を正当化した。
ルワンダではツチ族をゴキブリ呼ばわりし、「ツチの蛇どもは我々を殺そうとたくらんでいる。最初に我々が彼らを殺すのだ。みつけ次第殺せ。一人たりとも生かしておくな。老人も赤ん坊もだ。彼らはみんな蛇どもだ」と国立ラジオ局が報道する。少しでも理性的な人間だったらそういった報道に疑念を抱き、その裏に何が隠されているのか探ろうとするのではないかと思うのだが、どうやらそういうことを考えるヒトは少数派らしい。
思った以上に現代日本と似ている
もともと本を選んだときは、現代日本を離れて世界的歴史的狂気を垣間見るつもりだったが、ものごとの本質を伝えずむしろ群集心理を煽るメディア、その報道を鵜呑みにする大衆、狂気のなかで「正常に」狂気に取り込まれる人たち、そういったなかでものごとを批判的合理的な視点で客観的に分析する少数の人たち、と思った以上に現代日本と似ていることを発見して不吉な予感がした。
最近は「事実だろうと正論であろうと大衆受けしない報道はできない」と堂々と言うメディアの方もいる。正論を述べて政治的に「粛正」される仲間もいる。扇動的なメディアの影響力はますます強く、それを鵜呑みにする国民もどんどん増え、理性を持つ少数派の憂いは深く、そして深く沈殿してきている。
改めて歴史と世界を見つめなおし、日本を狂気に陥れないためにどうしたらいいのか、いよいよ真剣に考える気持ちにさせられた3冊であった。
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