ドストエフスキーの書いた『カラマーゾフの兄弟』には第二部がある。文豪がみずから予告しながら書き得なかったその第二部が、いま日本人の手によって書かれて大きな話題を呼んでいる。
高野史緒氏による本(2012)年度の江戸川乱歩賞受賞作、『カラマーゾフの妹』(講談社刊)がそれだ。カラマーゾフ家の殺人の真犯人が明らかにされていて、刊行以来、衝撃を受けた読者からの反響が止まらないという。
裁判で有罪の長男は、無罪を主張
『カラマーゾフの兄弟』の物語の核となっているのは、ある「父殺し」事件だ。南ロシアの地主、フョードル・カラマーゾフが自宅で何者かに殺害され、その長男が裁判で有罪とされた。しかし長男は無罪を訴えている。
また被害者の自宅敷地内に住んでいた私生児スメルジャコフが、自らの犯行をほのめかす発言をしながら、それは次男のイワンにそそのかされたことなのだと言う。物語はそうして長男の「冤罪」も匂わせて終わっている。
しかし高野氏は、長男、私生児いずれの犯行にせよ、ミステリーとしての矛盾点が多すぎると言う。数々の疑問点を、これまでの読者は「世界的名作なのだから」とか、「文豪の書いた文学作品だから」という理由で深く追及してはこなかった。
矛盾を解決する納得の「完結編」
だが、同じドストエフスキーの書いた『罪と罰』がミステリーとしてもまったく隙のない完璧な作品であることを考えれば、これはドストエフスキーのミスではない。ドストエフスキーはこの矛盾をすべて解決する「完結編」を書くつもりだったのだ、と高野氏は語る。
一見、衝撃的にみえる『カラマーゾフの妹』だが、その内容はけっして荒唐無稽ではない。すべては原典にちりばめられた細かい情報が緻密につなぎ合わされて書かれた、「納得」の完結編なのである。
ドストエフスキーは決して高尚なだけではない。小説としてもっと気軽に楽しむこともできるのではないか――「文学」とは無縁だった読者にもそう思えるような、豊かで刺激に満ちたミステリー作品の誕生だ。