今回は異色の本をとり上げたい。といっても、多くの人が知る名作、吉川英治の『鳴門秘帖』(講談社吉川英治歴史時代文庫に全3巻を収録)だ。原発、不景気、消費税といった硬い話をたまには避けてというわけか、読売が日曜版で書評と現地徳島への旅案内をひとまとめにした。読書欄にどうにも目立つ学者先生の難解な書評とはちがって、自身も「徳島出身」の西條耕一記者の記事はわかりやすく歯切れもよい。暑い盛りに長編活劇小説でスカッとするのもいいなと思わせる。【2012年8月12日(日)の各紙からII】
立ち直ろうとする人たちに国民的な人気
吉川英治は、関東大震災(1923年)をきっかけに本格的な作家活動に入った。大阪毎日新聞(現毎日新聞)の連載小説に抜擢(てき)されてできたのが『鳴門秘帖』だ。
江戸中期、徳島藩に潜入した幕府隠密が討幕の動きを記した血書きの秘帖。隠密を助けに向かう剣士と阻止しようとする藩士の戦いを描いた長編。女スリや倒幕派の公卿ら個性あふれる登場人物多数。大震災の傷から立ち直ろうとする人たちの国民的な人気を呼んだ。
「作品を通じて読者に喜びを与えたいと思って、力が入っていたのでしょう」という吉川英治記念館の学芸員、片岡元雄さんの言葉が記事中にある。
東日本大震災から1年5か月、「吉川文学の原点を読むにふさわしい時代とも言えるだろう」と西條記者。今年は吉川英治生誕120年でもある。