ウナギが高くて食べられないという悲鳴が相次いでいる。養殖の種苗となる「シラスウナギ」の価格が2012年には1キログラムあたり200万円にまで高騰したためだ。もしおいしいウナギを種苗から「完全養殖」でき、量産に成功したら、好きなだけ食べられる―――そんな、日本人のウナギ好きが高じて長年おこなわれてきたともいえるのが、ウナギの種苗生産技術研究開発だ。『うなぎ[謎の生物]』(築地書館、2400円)では、日夜ロマンを追い求め研究に勤しむ専門家たちが自ら筆をとり、「完全養殖」にいたるまでの紆余曲折を述懐している。
長年不明だった産卵場所
日本人にとっては身近なウナギだが、実は謎の生物とされてきた。どこで生まれ、どう育つのか。本書の前半では、この謎を解き明かすための容易ではない航海が描かれる。産卵場は、紀元前4世紀に哲学者・アリストテレスが「ウナギは大地のはらわたから生まれる」と述べてからゆうに二千数百年以上たった1991年になってようやく、マリアナ諸島西方海域(ニホンウナギの場合)と推定された。つづけて同海域で2009年に、親ウナギと卵の採取に成功したことが大きく報じられた。この成功の裏には綿密な調査・分析だけでなく、幸運も要素としてあったようで、研究の難しさを感じさせる。
「ひげがなくなっておっぱいが大きくなったら連絡するように」
2010年夏、「ウナギの完全養殖」が世界で初めて達成されたが、この経緯を語る筆致には意外なユーモアがある。たとえば、人体にも作用する女性ホルモンを投与する実験で学生に「ひげがなくなっておっぱいが大きくなったら連絡するように」と注意したエピソードを紹介する。また、シラスウナギの人工生産技術については、「いまや国家機密レベルのトップシークレットなのである。特許の効力がおよばないどこかの国で勝手にまねされないため」公開できないと釘をさす。
今後の課題について「養殖において有利な、生産者や消費者に望まれる形質が期待される」と述べ、「今まさに未来の養殖への新たなスタートを切ったばかりである」と結ぶ。
完全養殖ウナギの蒲焼を口にできる未来には、本書に微笑ましく描き出される研究者たちの努力もあわせて噛み締めたい。
2012年7月2日、発売された。編著者は、虫明敬一氏。著者は、太田博巳、香川浩彦、田中秀樹、塚本克巳、廣瀬慶二の各氏。