【2012年6月3日(日)の各紙から】映画や音楽は生活を彩り、ときには支えてもくれる。それぞれの関連本が2紙に載った。映画関係の2冊をべつべつの記事でとり上げた毎日では、どちらの書評も今の制作傾向に「警鐘を鳴らす」とチクリ批判の一言も加えているのが、笑えぬ面白さだ。
けなすときにも情がある
長いあいだ『キネマ旬報』を読みつづけているのは、ひたすら山根貞男氏の「日本映画時評」があるからだという作家・辻原登さんが一方の評者。その「時評」十年分をまとめた『日本映画時評集成』(国書刊行会)には映画740本、監督300人以上が登場する。常に制作の現場と完成作品の間を往き来しつつ批評を展開するのが、著者山根氏の特長だ。
たとえば、阪本順治監督の『顔』。殺人を犯し、逃亡の旅をつづける主人公(主演藤山直美)の肉体のスリリングな変貌のドラマを追う山根氏の筆には、軽妙さと痛切さが入りまじる。盲導犬を扱った『パートナーズ』では、犬にできるわけもない演技が、人間の動きを中心とした画面のアクションから生み出されてゆくプロセスを解き明かす。鋭い分析と抑制のきいた称賛、けなすときにも情がある。「人柄がにじみ出る」と辻原さんは語る。
宣伝の仕事は六、七割が雑用とか
同じ毎日の別ページには40年以上、ハリウッド映画にかかわってきた名宣伝マン・古澤利夫氏の『明日に向って撃て!』(文春文庫)が。書名は手がけた映画からとった。ほかにも「スター・ウォーズ」や「タイタニック」などヒット作の陰には必ずいるといわれる人だ。本には、映画評論家も顔負けの知識があふれている。
ただし宣伝の仕事は六、七割が雑用というのも、実状を語っていて面白い。試写状の宛名書き、プレス用資料作り、来日するスターの接待までだ。評者名は「川」一文字だけ。
山根氏はVFXやCGの導入で「ショット」なしの制作に、古澤氏はハリウッドの大作主義やマーケティング偏重に、それぞれに「警鐘」を鳴らし、問題提起をおこたらない。このへんは、評者にもっと解説してほしいところ。評にも問題意識が必要だ。
音楽の方は、先ごろ亡くなった吉田秀和氏の業績を片山杜秀・慶応大准教授が朝日で。
昭和初期にリサイタルでバッハとシューマンを並べて聴き、直観的に核心をつかんだという有名なエピソードから始まる初評論集『主題と変奏』(中公文庫)を紹介。そのひらめきが本当かどうか、今度は職人のようにコツコツと譜例を丹念に使って確かめていく。オペラや交響曲だけでなく、暮らしの中でくちずさめる歌曲について書いた『永遠の故郷』(集英社)4部作は吉田氏の総決算にふさわしい充実ぶりだという。
(ジャーナリスト 高橋俊一)