不況の中、アメリカの予算カットは結構シビアで、学校教育の場では、一番先に予算を削除されるのが、美術や音楽などの試験用の主要科目でないクラス。ところが、ニューヨークに住む女性のもとにシカゴに住む友達から、
「ユーチューブを見てごらんなさいよ。あなたの住んでいるニューヨークの小学生が、すばらしいコーラスで歌っているわよ。これが本当にすごいんだから、すぐに聞いてみて!!!まったくもって音楽教育から予算を削るべきでない。いい例だわ」
と、連絡がきて、まったく期待せずに、友人の送ってくれたサイト(http://www.youtube.com/watch?v=IL0aDXekfyM&feature=player_embedded)をチェックしてみると、なんと歌っているのは、自分の地元の小学生。「アイ・オブ・ザ・タイガー」のソロパートを歌っているのは自分の息子! 恥しがりやのジャレットではありませんか。
人種のバックグラウンドもバラエティに富む子供達
ユーチューブで大ヒットを記録し、レディー・ガガ、ビヨンセ、アシュトン・クッチャーなどセレブらのフォロワーも多数、ホワイトハウスにも招かれたのは、子供たちからミスターBと呼ばれている、音楽教師グレッグ・ブラインバーグ先生により2000年に始められた公立小学校「PS22」の合唱団。「PS」の「P」はパブリック、「S」はスクールの略で、この「22番」小学校はニューヨークの5区の1つ、マンハッタンの南にあるスタテン島に立地する島内最大の小学校なのです。
「生徒達の3分の4が無料給食制度を受けており、家庭は裕福でない子達が多く、英語が第二外国語の生徒もいるし、勉強が得意でない子も。でもここに来ると、そんなバリアを取り去って、子供達は、自分自身になって、心から歌う事を楽しんで欲しいんです」と、ブラインバーグ先生。
ユーチューブにアップされた画像をみると、黒人、ラテン系、アジア系と人種のバックグラウンドもバラエティに富んでいるのがわかります。日本の学校の合唱とはまったく違い、身振り手振りを加えつつ、ユラユラ体も動かして各自感情移入して歌っています。これがまた気持ちよさそうなのです。そして、うまい!
ビデオを観ればみるほど、このブラインバーグ先生あってこその合唱団だと感じ始めます。彼は、小学5年生が心の中に住んでいる35歳とも言われ、ビデオを観ているだけでも、こちらも笑顔になってしまいそうな魅力的な先生。両親ともども先生の家庭に生まれ、NYの大学で音楽理論と作曲を学びました。パフォーマーになるほどの声はなし、高校を出てから毎年、サマースクールで子供達に音楽を教えていましたが、それが自分にあっているのでは? と、大学院に戻り、音楽教育の修士号を取り教職につきました。
「生徒達の才能を注意深く見てやることが大切」
「子供達が達成するポイントは、彼らが達成したいポイントと相関関係にあります。教師はその環境を整えてやる事が大切で、生徒達の才能を注意深く見てやることも大切です。子供達を過少評価するべきではありませんし、この仕事に対する情熱を失ったら、他の仕事に変える潮時だと思っています」
ブラインバーグ先生は、4年と5年の音楽クラスを受け持ち、課外授業としてこのコーラスを担当しています。
「このコーラスを始めた頃、まっすぐに立って歌っていました。でも、ミスターBから、感情をこめて歌え!心から歌え!といわれ続けているうちに、歌うと体が動くようになったんです」と、1人の女生徒。
先の「アイ・オブ・ザ・タイガー」を歌ったジャレット君は「ソロなんて死んでも嫌だ!と、思っていた」のに、「この曲をみんなで歌いたいよ」と提案したら、わざと知らないふりをしたブラインバーグ先生に「ちょっと、どんな風に歌うのか歌ってみてよ」と言われ、うまい具合にソロを歌わされたそう。「で、恥ずかしがり屋は直ったの?」と聞かれて、「はい。あの、人前で歌うのはいいんですが、女の子とはしゃべれないんです。まだ」と、10歳の男の子らしい発言でした。
こんな子供達が、今年のアカデミー賞に招待され、歌うそうです。
一度聞くと、ユーチューブでヒットした意味がよくわかります。おすすめです。
坂本真理