物価上昇、医療費や保険料の値上げ・・、年金生活者の不安が増すばかりの昨今、フランスでは、高齢者が不動産を死後に引き渡す条件で売却するシステム"ビアジェ(viager)"の活用が盛んになっている。
不動産の買い手が、毎月の生活費を保障
不動産広告を眺めていて、「何でこんなに安いの?」と思うと、たいてい"ビアジェ"と記されている。これは、高齢者が居住中の持家を死後に引き渡すことを条件に売却する、個人間の不動産売買システムで、価格として表示されているのは、契約時の一時金で、その後、売り手は、亡くなるまで毎月、生活費となる一定の金額を受け取れるしくみだ。
例えば、ビアジェの広告文は、『パリの1DKのアパルトマン 一時金6万ユーロ、毎月800ユーロ 85歳女性 (アパルトマンの市場価格20万ユーロ)』といった具合だ。庭付き一戸建ての家なら一時金も高く、月の受取額が2000ユーロ以上だったり、ワンルームのアパルトマンなら月額が300ユーロ程度だったり、と売り手は家を手放すことなく、その資産価値に見合った一時金及び、毎月の受取額を決めることができる。つまり、持家を担保にした終身年金とも呼べるもので、その契約は公証人を通して行われる。
売り主は少しでも得をしようと、長生き?
ビアジェをテーマにしたフランスのコメディ映画『Le viager』
不動産の資産価値の他に、ビアジェの一時金と毎月の受取額を決めるポイントになるのは、売り主の年齢である。その年齢が高くなるほど、支払期間が短くなるはずなので、価格も高くなる。『90才女性 3DKのアパルトマン、一時金20万ユーロ 毎月1000ユーロ(市場価格30万ユーロ)』とあれば、買い手としては、8年以内に亡くなれば得、という計算が働く。ただ、一時金と月の受取額の低い60代の売り手が急死すれば、超格安価格で早めに不動産をゲットできる、と何だか博打みたいな側面もあるわけだ。
と書くと、買い手が売り主の死を願う、あまり気持ちのよくないシステムという気がしてくるが・・。名優ミシェル・セローの主演映画『ビアジェ』(72年製作)は、まさにビアジェをテーマにした作品で、ある医者がセロー扮する59才の主人公を重病と診断し、自分の弟とビアジェ契約をさせる。ところがその後、主人公は健康を取り戻し、医者一家はあの手この手で、彼を死に追いやろうとするがかなわず。主人公の100才の誕生日に、一家の最後の生き残りである医者の甥がその暗殺を企てるが失敗し、自分が死んでしまう、というコメディだ。実際、私の知人でも、親戚がビアジェ契約をしたところ、売り主が107歳まで生きたなんて人がいる。なるほど、売り主は一日でも長く生きて得してやろう、という気になり、それが長寿につながったりして。
江草由香