薄いアメリカンコーヒーから、エスプレッソドリンクへ大方向転換中のニューヨークのコーヒー事情。このカフェ激戦区NYにオレゴンから参入して来た男が、デュエイン・ソレンソン。写真の真ん中に立つ、ちょっと太っちょでロン毛のおじさんは、実は、コーヒー界の「第3の波」を引き起こした男として有名だったのです。
第1波は19世紀
アメリカのコーヒー界における第1の波とは、19世紀に生まれたフォルジャーズ社のコーヒー豆が、全米の家庭の食卓に広まったこと。これがでっかいカップで何杯でものめるアメリカンコーヒーの始まりです。
そして、60年代に西海岸ではじまったエスプレッソ文化の誕生が、第2の波。サンフランシスコのピーツコーヒー。ここのコーヒーを飲んで感動した人が始めたスターバックスコーヒーが、その代表選手です。スターバックスのコーヒーについては、炭コーヒーだと言う人もいますが、カプチーノなんて聞いたことがなかったであろう田舎のガソリンスタンドにまでエスプレッソドリンクを広めた功績は、私はすごいと思うのです。
さてさて、第3の波とは、味への徹底したこだわりなのです。
良質のコーヒー豆の入手からはじまり、それを丁寧に焙煎し、熟練したバリスタの手で淹れる。
「これって今までなかったの?」と、言われそうですね。日本のコーヒー文化は世界のトップレベルですから、実は、私もそう思っていました。
でも、このソレンソンさんに会ってお話を聞いた時、第3の波の男と言われる理由がわかった気がしてきました。
自宅購入資金でドイツ製焙煎機購入
71年、ワシントン州生まれのソレンソンさん。高校時代からカフェで働き、どんどんコーヒーの魅力にとりつかれていきます。勤務先の焙煎所のオーナーが、適当な品質の豆を安く買い叩いて、いい加減に焙煎しているのに我慢がならなくなり、自宅購入資金用に積み立てていたお金で、中古のドイツ製焙煎機を購入して、自分で焙煎を始め、ストンプタウンコーヒーをオープンしてしまいました。
豆には徹底してこだわり産地まで行って農家をまわり、「これは!」と思う豆には、惜しまず投資したそうです。彼が、パナマ産の豆1ポンド(453.6g)を130ドルで競り落とした時は、メリカのコーヒー業界で話題になりました。
こんな風に経営利益度外視でしたから、オープン当初は、カフェの残り物のマフィンなどをかじっての生活が続いていたそう。それでも、月の半分は産地をまわる旅を続け、納得がいく豆を、ドイツ製プロバット社の中古の焙煎機で、丁寧に焙煎。豆が持つ甘さを引き出す焙煎が、当ストンプタウンコーヒーの特徴だそうです。コーヒー豆は、焙煎後、どんどん酸化していきますから、豆の卸し先も、車で40分以内に配達できるところのみ。
焙煎所の稼動から、数ヶ月。待ちに待たれた直営カフェが、マンハッタンに、10月にオープンしました。エスプレッソマシンは、温度や圧力管理に優れた最高級マシンのラ・マルゾッコ社製の最新機ミストラル。バリスタは、全員帽子に男性はネクタイ。私が立ち寄った時には、他の有名カフェのバリスタもたくさん飲みに来ていました。
コーヒーの淹れ方を極めると、やはり焙煎の重要さに目覚めます。現在、NYでは、たくさんのカフェ経営者が焙煎に挑戦し始めています。しかし、彼らが、どれほど産地から最上級の豆を手に入れられるか?ソレンソンさんの産地を旅した売れ残りマフィン時代の話を聞いて、ふと思ったのでした。
坂本真理