詩人、文芸評論家。早稲田大学政治経済学部卒業。読売新聞社を経て、文筆業に就く。74年、詩集「カナンまで」でH氏賞、83年、評論『詩人の妻——高村智恵子ノート』でサントリー学芸賞、『松本清張辞典決定版』で日本推理作家協会賞を受賞。研究誌や雑誌等での清張作品論の発表や対談、清張についての講演も多い。11月、双葉社より『評伝 松本清張とその時代』を刊行予定。
私が初めて松本清張に会ったのは1975年です。当時、読売新聞社の社会部から編集局図書編集部になり、清張をはじめとする『現代日本人気推理作家自選傑作短篇シリーズ』11巻を編集していたときでした。人気推理作家11人に6000字程の自作解説をお願いしていて、清張を除く10人の原稿は入ったのに、清張の原稿だけが何度も約束をたがえられてもらえない。
切羽詰った状況のなか、電話で「先生、原稿いかがでしょうか」と聞いたら、「できとらん」のひと言。「やむを得ません。明日お願いします」と言った途端、「やむを得ないとは何事か。生意気だ。俺は降りる」と逆鱗に触れてしまいました。出版局長に相談したら、とにかく謝罪ということで、赤坂の料亭に来ていただき、頭を下げてご機嫌を直してもらいました。結局、原稿は口述筆記ということになり、速記者を同行して1時間くらい話していただき、すぐに原稿を起こして印刷所に持っていきました。ゲラを見ていただく時間もとれないまま本になったから、間違いもありました。
清張担当ということで、週刊読売の連載も担当していたのですが、一度も清張の笑顔に触れたことはありません。私が行くと原稿をもらえない。そこで編集部の可愛い女性に代わりに行ってもらうと、「清張先生から原稿、いただきましたよ」と笑顔で帰ってくる。女になりたいと思いました(笑)。
その頃、私はたまたま清張邸の近くに住んでおり、執筆中の先生から夜中でも電話がかかってくる。××で起きた殺人事件のスクラップをすぐに調べてほしいという。うちの仕事じゃなくて週刊新潮の仕事。新聞社だから重宝がられたんです。深夜にタクシーで社に行って、関連記事を探してコピーを取り清張邸に駆けつけても3~4時間かかる。ようやく清張邸に着くと、2階の書斎から降りてきて「遅い!」。もう書いてしまったから資料は要らない。ゲラになったら、君が確認してくれと言っておしまい。ご苦労さんのひと言もない。そんなことが何回かあり、口には出せなくても心底、腹が立ちました。編集局に異動して少し体が楽になるかと思っていたら、清張担当。胃潰瘍になりました。
しかしながら、そんな苦労も見事な作品となって生かされているのを見たとき、「才能のある人は周りを少しくらい不幸にしても許される」という気になってくるんです(笑)。清張先生のためならしょうがないと思わせる力がある。その力とは「筆力」です。この「筆力」に魅せられて、私は清張研究家になってしまいました。
清張生誕100年ということで、さまざまな企画があり、いろいろお手伝いさせていただいています。私がいちばん時間とエネルギーを注いだのが『週刊 松本清張』です。『松本清張事典決定版』の編者として10年もの時間をかけてずいぶん人間清張と清張作品を調べたのですが、『週刊 松本清張』に携わってびっくりするような点がたくさんあります。
各号で、取り上げた作品を徹底検証しましたが、作品を発表した誌面と全集、文庫などを見比べてみると、構成が変わっていたり、単行本にするときに大幅削除あるいは大幅加筆されていたり、犯人が自殺していたのに単行本では「探さないでください」という言葉だけを残して奥行きを出したりと、面白い発見がいろいろあった。各号の担当編集者の作業は大変でしたが、みんな清張ワールドの面白さに引き付けられていくから、編集会議は「こんなことを発見しました!」と賑やかでした。
作品が書かれた当時の時代背景についても調べました。清張は、時代との切り結び方が巧み。一人の人間を描いて時代を感じさせる。時代を描いて一人の人間に集約させる。その能力は、巨大で、まさに「昭和の巨人」です。知れば知るほど、すごい作家だった。戦後最大のミステリー作家です。(文中敬称略)
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昭和の「社会推理小説」の巨匠、清張の作品と時代に迫る 清張生誕100年記念作品『週刊 松本清張』
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ごうはら・ひろし
1942年、島根県生まれ。詩人、文芸評論家。早稲田大学政治経済学部を卒業後、読売新聞社に入社。新聞記者、出版局編集者を経て、文筆業に就く。74年、詩集「カナンまで」でH氏賞、83年、評論『詩人の妻――高村智恵子ノート』でサントリー学芸賞を受賞。主な著書に『松本清張辞典決定版』『立原道造』『わが愛の譜-滝廉太郎物語』『詩のある風景』などがある。松本清張記念館発行の「松本清張研究」および雑誌等で、清張作品論の発表や対談を行う一方、清張について講演することも多い。11月、双葉社より『評伝 松本清張とその時代』を刊行予定。