御影堂と阿弥陀堂を大規模修復
御真影をひと目でも拝もうと、還座式には全国から門徒1万2千人が集まり、熱心に念仏を唱えた
還座式は、2011年に迎える宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌(ごえんき)までの「お待ち受け」との位置づけだ。御遠忌とは、50年ごとに行われる法要を指し、東本願寺では親鸞聖人と蓮如上人に対して営まれている。御影堂と阿弥陀堂の大規模な修復工事も、今回の御遠忌の特別記念事業となっている。
本願寺は、親鸞聖人の曾孫の覚如上人の下で1321年に設立した。しかし、本願寺の第8代・蓮如上人の時代には比叡山の衆徒によって壊滅、移転を余儀なくされる。京都・山科で再建された後、本願寺は大坂(現・大阪)に移されるが、織田信長による攻撃を受けて顕如上人は和睦、大坂を後にする。信長の死後、豊臣秀吉は本願寺に京都・七条掘川の土地を寄進するが、継いだのは顕如上人の三男・准如上人だった。徳川家康の治世になると、今度は顕如上人の長男・教如上人に1602年、京都・烏丸六条の土地が寄進され、新たに本願寺を建立。本願寺が東西に分かれることになった。
東本願寺は、浄土真宗・真宗大谷派の本山。御影堂と阿弥陀堂は、東西に分派して間もない1611年に建てられたが、以後4度の火災で焼失し、現在のものは1895年に再建された。本格的な修復工事は、今回が初めてとなる。