ネット上のクチコミ情報を使ってユーザーの「好み」を分析し、広告配信などに活用する「プロファイルパスポート」というサービスの試験運用が2008年3月に始まった。運営するのはリクルート子会社のブログウォッチャーというネットベンチャーだ。「クチコミ情報の解析」を本業とするこの会社、いったいどんなサービスを展開しようとしているのか。羽野仁彦社長にインタビューした。
消費者の「体験」や「評価」を集めて、見せる
羽野仁彦社長は1979年生まれの29歳。従業員のほとんども20代か30代という若い会社だ
――ブログウォッチャーという会社はいつできたのですか?
羽野 会社が設立されたのは、2007年4月です。リクルートが主な出資母体で、電通とブログ解析研究の第一人者である東工大の奥村学准教授に出資してもらい、三者合弁の会社を作りました。08年3月現在の従業員数はアルバイトも含めて約20人。ただ、正社員は、運営サイトの編集長と開発担当者、そして社長の私の3人だけです。
――3人ですか……。ずいぶん少ない人数だと思いますが、どんなサービスを行っているのでしょうか。
羽野 我々が力を入れているのは、インターネット上の「クチコミ」を集めて解析するサービスです。ブログやQ&Aサイト、掲示板に含まれているクチコミとか、体験談とか、レビューみたいなものをできるだけ精度よく抽出するというところにフォーカスを当てています。
――ブログの解析というと、kizasi.jpやTechnoratiといったサイトもありますね。
羽野 ブログを中心に解析しているという点では、kizasiさんやTechnoratiさんと似ているのですが、我々の場合は、ブログの著者が「体験しているかどうか」というのを強く見ています。
たとえば、「リニアモーターカー」についてGoogleで調べると、リニアモーターカーの原理だとか、どういった会社がやってるかということが出てくるんですが、我々の解析システム「SHOOTI(シューティ)」で調べると、「上海でリニアモーターカーに乗ってきた」というような「体験」や「行動」が表示されるようになっています。あと、リニアモーターカーについてどう評価しているかという「感想」や「評価」も重視しています。
――どうして「体験」や「評価」を重視しているのですか?
羽野 これからの情報配信では、ユーザーのクチコミや生の声がすごくパワフルになるだろうと考えているからです。調査によると、最近の消費者は、クチコミやブログの体験談を参考にして商品を選ぶという人が増えています。生の声を知りたいとか、レビューを知りたいという潜在的なニーズが非常に高いんです。
その背景には、スペック(性能)の情報だけでは「商品の差異化」が難しくなっているという現実があります。たとえば、日産の自動車を例にとると、エクストレイルとデュアリスという2つの車種の写真やスペックを一般のユーザーが見ても、ほとんど一緒に見えてしまう。
スペック情報だけでは商品を選べない時代になった
ブログウォッチャーが運営するクチコミ情報サイト「SHOOTI」
――やたらと詳しいスペック情報があっても、かえって分かりにくいというのもありますよね。
羽野 そうなんですよ。企業が一方的に発信しているスペック情報だけでは、もう消費者は選べない時代になっているんです。そこで、商品に対するクチコミや評価を参考にしたくなるわけです。たとえば、エクストレイルのクチコミを見ると、「いい」とか「やばい!!」とか「無骨な」「アクティブ」みたいな言葉が出てきます。
逆に、デュアリスだと「かっこいい」とか「重苦しくない」「シティユースメインで」となっている。こうやって比べると、エクストレイルは「無骨」で男性的な感じで、デュアリスは「重苦しくない」都会的な感じというのが、なんとなくわかる。そうすると、「あ、なんかこっちのほうが自分にあっている」と判断できるようになる。
――企業の情報だけでなく、消費者の「評価」や「体験」も一緒に見せていく、と。
羽野 これからは、企業の「発信情報」と消費者が作る「世論」の間に立って、両方見せてあげるメディアだとか、プレイヤーが必要なんじゃないかと思うんですが、この「ハブ」となるプレイヤーをぼくらは狙っているんです。企業側と強い接点があるリクルートと電通の強みと、我々ブログウォッチャーが拾い上げたクチコミ情報を融合して見せてあげれば、非常に強力な情報になるんじゃないかと思っています。
――会社のパンフレットには「The Library, experiential knowledge accumulated(体験的な知識が蓄積された図書館)」というキャッチフレーズが記されていますね。
羽野 我々のコンセプトとしては、体験知や経験知を集積した「図書館」みたいな場所になりたいなと思っています。ある商品やサービスについて、ほかの人の体験談や経験談が知りたいなあとなったら、簡単にそのクチコミ情報を借りに来られる場所になればいいな、と。「デュアリスを買いたいなあ」と思ったら、デュアリスを買った人の意見とか体験がパッと見ることができて、簡単に「疑似体験」できるような場所でありたい。そう考えています。
――そんな「図書館」があったら、たしかに面白いですね。
羽野 コンセプトには共感してもらえることが多いんですよ。でもまだ、実際にビジネスとして動かすのはかなり大変で……
――なにが問題なんですか?
羽野 実は、消費者の間では「クチコミを検索する」というニーズがまだ弱いんですね。今後はクチコミ情報に対するニーズが広がってくると信じていますが、まだそれほど強くないというのが実際のところです。今はまだ「将来の爆発」に備えて、サービスを育てている段階です。
――ブログウォッチャーさんのクチコミ情報サイト「SHOOTI」にアクセスしてみたのですが、どうやって使ったらいいのか、正直なところよく分かりませんでした。
羽野 残念ながら、そう思われても仕方ないですね。さきほど「クチコミを検索する」と言いましたが、その検索する方法は、Googleみたいな「検索窓の形」じゃないような気がしています。たとえば、携帯電話を商品にかざすとクチコミ情報が表示されるというような検索行動のほうが、われわれには向いているんじゃないかと思っているんですよ。
「2ちゃんねる」の情報を取りにいくのは最後
「デュアリス」で検索すると「いい」「かっこいい」「欲しい」といったユーザーの声がまとめて表示される
――「クチコミ検索」に対して消費者の動きはまだ鈍いということですが、企業のほうはどうですか?
羽野 いろんな企業と話をさせてもらっていますが、企業のほうは、だいぶ揺らぎ始めているという感じです。企業の中には、消費者のクチコミ情報を重視する会社も増えていて、ポジティブな情報があればネガティブな情報もあるのが当たり前だと思い始めています。
1年前に会社を立ち上げた当初と今では、企業の対応が大きく違います。立ち上げた当初は、全然だめだったんですが、今は引き合いが多くて、忙しすぎるくらいです(笑)。2007年は、偽装の問題とか、消費者の声を無視したような企業の対応が批判されまくったので、企業としても、消費者の声と正面から向き合う必要があると考えるようになってきたんですよね。
――でも、ネガティブな情報も含めて消費者の「生の声」を集めるといっても、そのすべてを見せるわけではないんですよね?
羽野 企業にとってネガティブな情報も載せるようにしていますが、「死んでしまえ」とか「こんなの腐っている」といった人を不快にさせる表現や卑猥な言葉、暴力的な単語や差別的な単語が入っているブログは落とすようにしています。
また、ただ単に新聞記事をコピペしただけのような、体験や評価が入っていないものは載せていません。なので、何百万PVもあるような、有名なアルファブロガーのサイトでも取り上げていないものは結構あります。アルファブロガーは評論ばっかりしていて、体験談が少なかったりするので(笑)。
結局、いろんなブログやQ&Aサイトや掲示板を回ってストックした「クチコミ情報」のうちの8、9割は捨てています。そうすることで、やっと企業とのコラボレーションができるようになるんです。
――掲示板の情報も拾っているということですが、「2ちゃんねる」はどうなんですか?
羽野 技術的には取れるのですが、実際に使えるのが1%とかなので、今は取りに行っていません。経営戦略的にみて、使えるデータが少ないところを回っても非効率だということです。1000件のカキコミがあってもアスキーアート(文字や記号で描いた絵)ばかりだったら、捨てるだけなので。
なんというか、「砂金を探す」みたいな感じですね(笑)。一粒の砂金を得るためにすごく掘らないといけない。だったら、その前にほかの金鉱を掘りにいったほうがいいんじゃないか、ということです。まあ、うちのリソースしだいではありますが、2ちゃんねるを取りに行くのはたぶん最後になるんじゃないかと思います。