四角い箱から伸びたアンテナ。手をかざしてやさしく動かすと、チェロのようなやわらかく太い音を奏でる――。ロシアの科学者が90年ほど前に発明した世界初の電子楽器「テルミン」が、いま日本で再び脚光を浴びている。
「のだめカンタービレ」に登場した演奏シーン
本物のテルミンを裏側から見た写真。見た目にも重厚だ (C)学研
テルミンといえば、古くはレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジが愛用したことで知られる。最近では、マンガ「のだめカンタービレ」でテルミンの演奏シーンを目にした人もいるかもしれない。
テルミンは1920年にロシアの科学者、レフ・テルミン博士が発明した世界で初めての電子楽器だ。2つの高周波の「うなり」を利用するという原理で、アンテナに手をかざして動かすと箱の中の発振器に作用し、音が出るという仕組みになっている。
とはいえ、テルミンという楽器の存在を知っている人は多くても、演奏するどころか実物を目にする機会もなかった。実際、日本国内では楽器屋でも扱っているところはほとんど見あたらなかった。
ブレイクのきっかけは「大人の科学マガジン」
「大人の科学マガジンvol.17」の表紙。シリーズの読者層は30~40代がメインだが、この号では若い女性の購入者も多かったという
ところが2007年9月、学研の雑誌「大人の科学マガジン」Vol.17が組み立て式の「テルミンmini」を付録とした特集号を発売したところ、初版の5万部が発売から6日間で完売してしまった。
「4~5年前からテルミンを付録にすることを企画して進めてきたのですが、これほどの反響があるとは予想外でした」と、大人の科学マガジンの西村俊之総括編集長も喜びを隠さない。
初版が完売しても騒動はおさまらない。ヤフーオークションでは販売価格2300円にもかかわらず5000円前後の値がついた。雑誌なら増刷すればすぐに販売できるが、付録の製造が追いつかない。07年12月19日時点では2刷目が流通している。最終的には来年春までに「20万部を目標にしています」(同)という。
1台2300円で手に入る!ローコストで一気に火がついた
学研「大人の科学マガジンvol.17」付録のテルミンmini。組み立て式で20分ほどで完成
なぜ「テルミンmini」がここまで人気を集めたのか。まずは、手を触れずに音を操れるという目新しさだろう。そんなテルミンの音やプロの演奏の様子は、大人の科学マガジンの特集サイトで聴くことができる。小さな機械と優雅な手さばきの組み合わせが、実にのびやかで感情のこもったメロディーを聴かせてくれる。
そしてもうひとつが、2300円という雑誌の付録であること。つまりハイコストパフォーマンスだ。「本物のテルミンは数万円~10万円以上しますので、予算内で開発するのが一番大変でした」と西村総括編集長は振り返る。
本来のテルミンはアンテナが2本あり、1本は音量、もう1本が音程を制御する仕組みになっている。しかし、コストを下げるのと高周波の干渉の問題があり、開発当初から音程用のアンテナだけに絞った。
日本の“テルミニスト”の数は世界一!?
今回の大人の科学マガジンの販売によって、一気に「テルミン人口」が増えた日本。その演奏者の数はおそらく世界一になるだろう。演奏自体はチューニングも含め非常に難しいが、購入者達もがんばって練習に励んでいるようだ。You Tubeやニコニコ動画で「テルミン」と検索すると、そんなプレイヤー達の演奏ビデオが多数ヒットする。中には、おっと唸るほどの名演奏家もいる。
それにしても発明から1世紀近くの時を経て、日本で20万人ものテルミン奏者が誕生するとは、天国のテルミン博士もきっと苦笑いしているに違いない。近い将来、日本から世界的なテルミン演奏家が続々生まれてくるかもしれない。