2007年もいよいよ12月を残すのみとなり、ジングル・ベルとベートーヴェンの「第九」が各地で鳴り響く季節となった。そんな今日この頃、08年に生誕100年を迎える故ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィル演奏の「第九」を収録したCDがリリースされる――。
それだけなら、特別なニュースではない。しかし、ユニバーサル ミュージックが12月15日に発売するモノはひと味もふた味も違う。まず、価格は20万円(受注生産限定300枚)。そして、そのCDはガラスで出来ている。
えっ、ガラスでCDが作れるの?
ずしりと重いケースの中身。特製アクリル・ケースは実測で約600gある
ガラスCDの正式名称は「Extreme HRAD GLASS CD(高品位ハード・ガラス製音楽CD)」。10年以上の開発期間、試行錯誤を経て06年、開発会社の「エヌ・アンド・エフ」が試験的に発売したが、いわゆるメジャーレーベルがガラスCDを採用するのは今回が初めてとなる。
このCDは高級レンズに使われるような光学ガラスで基盤を作る。従来のCDはポリカーボネート(プラスティックの一種)製。筆者はそれが当然で、むしろ、そうでなければいけないのだろうと勝手に思いこんでいたが、ガラスでCDを作っても良かったのだ。
では、なぜCDをガラスで作ったのか。耐久性が高く、S/N比など音質が向上するのだそうだ。オーディオマニアとしても有名なキャスターの小倉智昭氏が番組で大絶賛するなど、その音質は体験者から高評価を得ている。
期待と疑問を持ちつつ「比較試聴」してみる
右がガラスCD。比較試聴用として、同音源の通常製法CDが付属する
正式発売を前に、発売元のユニバーサルから現物を借りることができた。「家庭の普通のCDプレーヤーでも違いはわかる!」と小倉氏は断言していたらしい。それこそ、筆者の環境である。
大型の外箱には「すべてのCDプレーヤーで再生可能」と目立つように書いてある。中には、重厚な特製アクリルケースや、ブックレット、同じ音源をプラスティックCD化したものが付属する。これは「(ガラスCDとの)比較試聴用」だ。
重さが通常の約2倍の33gあるというガラスCD。手に持つと、いつもとは異なる手応え、安定感がある。期待が高まる一方で、素材の違いでどこまで音が変わるものか、という疑問も頭をもたげる。
音の違いは――あると感じた。とくに「合唱」部では、ガラスCDの音は一段と力強く、ハリがあった。歌い手たちの声は弾み、踊るような感覚がして、楽しんで聴くことができた。
ところで、同封の解説書には開発者のこんな言葉が記されている。
iPodなどに代表される、PC周辺機器を活用した音楽再生が主流となった今日において、「かけがえのない音楽作品を、より優れた音質で価値ある趣向品形体として(以下略)」
そこで、ふと悪戯心が起き、2枚のCDをMP3(320kbps)にして聞き比べたが、違いはまるで分からなかった。やはり、ガラスの円盤という“形体"が優れた音質を生むのだろうか。
CD発売から25年目の見事な「変身」
ガラスCDは専用のプレス機で一日に15枚程度しか作れない。通常のCDは2秒~4秒で1枚という。手作りに近い膨大な手間とコストがかかり、価格は高額に――。「誰でも買えるモノではない」とユニバーサルの担当者は話す。筆者も、それを持つべきなのは、やはり相応のシステムを持つオーディオマニアに限られるかなと思った。
「高尚な音楽愛好家」のために、ユニバーサルは今後も年に1~2枚のペースで、このプレミアムCDシリーズを販売していくそうだ。第2弾はやはりカラヤンか、それともまったく別の幻のクラシック音源か、現在企画中とのこと。その後はジャズ、ロックといったジャンルの商品化も検討されている。
CDが発売されたのは1982年。かつての“夢の媒体"も、すっかり日常生活に溶け込み、陳腐化した。それから4半世紀後の2007年、ガラスCDの「第九」はCDのオルタナティブで美麗なスタイルを見せてくれた。値段のことはさておき、その見事で意外な変身ぶりに拍手を送りたい。
虎古田・純