渡邊直樹さんと巡る東洋文庫ミュージアム
arrow_back 本の存在感に圧倒される「モリソン書庫」
100万冊の蔵書から貴重なお宝を常設展示する「国宝の間」
モリソン書庫の隣には、国宝や重要文化財、浮世絵の名品などを展示する「国宝の間」があります。「大半が岩崎久彌の個人コレクション(岩崎文庫)で、ほとんどが日本と中国の資料です」と岡崎さん。欧文資料中心のモリソン文庫と和漢書で構成される岩崎文庫の両方があることで、相対的な視点で「アジアの中の日本」を理解できます。
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『アヘン吸飲者とばくち打ち』とドイツ語版『日本昔噺』
東洋文庫では、蔵書のデジタル化にも積極的に取り組んでいます。部屋の中央にあるタッチパネルでは貴重書のデジタルブックのページをめくり、拡大して見ることができます。学生に出版の歴史を教える渡邊さんは、現物の資料に触れる機会を大切にする一方で、「先人が必死に守ってきた知識を次の世代に伝えていかなければ意味がない」とデジタル化に期待を寄せます。
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J-CASTニュースコラボ企画に掲載された『ペリー久里浜上陸図』をデジタルブックで展示
企画展のメイン会場「ディスカバリールーム」へは、「回顧の道」を通っていきます。照明を落とした道は、ところどころ床の底が抜けて見え、一瞬ヒヤッとしますが、これは鏡を組み合わせた「クレバス・エフェクト」という仕掛け。「展示だけでなく、空間としての楽しさ、居心地の良さでトータルに楽しんでいただけるよう考えられています」と岡崎さん。実は高所恐怖症という渡邊さんも、「いい気分転換になった(笑)」と企画展へ。
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東洋文庫考案の視覚演出「クレバス・エフェクト」。底なしに見えるが深さは10㎝ほど
視点を変えれば歴史が変わる? 名編集者をうならせる展示の工夫
「ディスカバリールーム」では、東洋と西洋の間の「発見」をメインテーマに年3回ほど企画展を開催しています。この日は「悪人か、ヒーローか展」の会期中(終了しました)で、東西の有名な人物に関する資料が展示されていました。
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歌川国貞の『当世好男子伝』
渡邊さんの関心をひいたのは、『国性爺合戦』でおなじみの鄭成功(ていせいこう)、台湾をオランダの支配から解放したアジアのヒーローです。「西洋では"海賊"として描かれていますね。ほかにも常人のスケールを超えているために畏れられた人や、妖怪なんかもいて、"悪"という言葉の広さに気づかされます」という感想に、我が意を得たりと岡崎さん。「東西で異なる視点や、人知を超えたものへの畏怖といったものも併せて見ていただくと、より楽しめると思います」
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壁のボードには、人物のエピソードがイラストを交えてわかりやすく解説されています。実はこのイラスト、篠木さんらがiPadを使って描いています。「上手ですね! 親しみがわきます。『苦労度』や『カリスマ度』を★の数で評価しているのも楽しい」と渡邊さん。「まとめたら面白い本ができる」と編集者の血が騒ぎます。「館長にも『いい加減で素晴らしい』と褒められました」と苦笑する篠木さんは、三国志のゲームが好きで東洋史研究の道に進み、大学院で博物館学を学んだ展示のプロです。
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「お客様のお話を聞くのが大好き。ゆるへたな絵も会話のきっかけになれば嬉しいです」と言う篠木さん
幅広い知識を持つ学芸員に出会えるのも東洋文庫の魅力の一つ。質問すると、興味深いエピソードを次々と話してくれます。渡邊さんが疑問に思っていた、平凡社の東洋文庫シリーズとの関係を尋ねると、「直接的な関係はないんです」と岡崎さん。「でも、『長安の春』の著者、石田幹之助先生は東洋学者で、当財団とは深い関わりがあります。実は、モリソン・コレクションの購入のため、北京にあるモリソン邸に行ったのも石田先生なんですよ」と話は尽きません。
オリエンタルな要素満載! 遊び心あふれる建築の魅力
東洋文庫ミュージアムは建築物としても評価が高く、重要文献を保護する機能に加え、随所に遊び心あふれる工夫が施されています。外観は本棚をイメージしたデザインで、「東洋文庫」の文字が隠されています。また、柱や壁、中庭の玉砂利にもアジア各地の石が使われ、細部にまで"オリエンタル"なこだわりを感じます。
中庭に出て建物を見上げ、壁に彫られたレリーフを見つけた渡邊さん。「本阿弥光悦がプロデュースした『嵯峨本』に印刷された模様で、実物の本は光の具合でキラキラと輝いて見えるんです」と説明を受け、角度を変えて眺めます。「この、さりげなさがいいですね」
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西夏語で「智者はおだやかに言い、人を伏す。黄河はゆるやかに往き、人をのせる」と書かれている
カフェへと続く「知恵の小径」には、アジア各地の言語で名言が刻まれています。渡邊さんのお気に入りは西夏語。13世紀に失われた言語で、『シュトヘル』という西夏語を題材にした漫画を講義の教材に使ったことがあるそうです。「現代にも、いつか失われてしまう言語があるかもしれません。そうなる前に守るのが、アジアにおける日本の役割なんじゃないかな。東洋文庫に期待したいところです」
小岩井農場から届く厳選素材が味わえる「オリエント・カフェ」
本の旅を終えた一行は、小岩井農場がプロデュースする「オリエント・カフェ」でくつろぎながら、アジアの歴史談議に花を咲かせます。
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小岩井の「岩」は創業メンバーの1人だった岩崎彌之助(久彌の叔父で三菱第2代当主)の頭文字。カフェのメニューには農場直送の素材がふんだんに使われています。
渡邊さんの一押しは「マリー・アントワネットのお重」です。小岩井農場の樹齢115年の杉でできたお重に、シェフ特製のメニューが彩りよく詰められています(1日10食限定)。窓の外には「シーボルト・ガルテン」の庭園風景が広がり、シーボルトが愛したという江戸時代のアジサイが咲き誇っていました。
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最後に立ち寄ったミュージアム・ショップ「マルコ・ポーロ」には、東洋文庫のオリジナルグッズや大英博物館、台湾中央研究院などの提携機関グッズ、小岩井農場のお菓子など、見ているだけでも楽しい商品が並んでいます。中でも「科挙」の答案をデザインしたクリアファイルや、本の神様「魁星」のお札は受験のお守りとしても人気が高いそうです。
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探訪を終えた渡邊さんは、「訪れるたびに発見があります。静かで、ゆっくりと興味のあるものが見られて、僕にとってこんなにいいところはない」と言います。「モリソン書庫だけでも一見の価値がある。本や歴史、建築好きな人はもちろん、誰でも楽しめると思います」