渡邊直樹さんと巡る東洋文庫ミュージアム
渡邊直樹(わたなべ・なおき)大正大学客員教授、月刊「地域人」編集長
1951年生まれ。東京大学文学部宗教学・宗教史学科卒業後、平凡社に入社。81年、嵐山光三郎らと青人社の設立に参加し、三代目『ドリブ』編集長を務めた。その後『SPA!』『週刊アスキー』などの編集長を経て、98年ジェイ・キャスト設立に参加。ウェブコンテンツ制作を手掛けたのち、『婦人公論』『をちこち』編集長を歴任。『宗教と現代がわかる本』(2007年版から16年版までの10冊)も責任編集。2004年大正大学文学部教授、17年より現職。愛書家の祖父と東京外国語大学でモンゴル語を学んでいた父の影響で幼いころから本に親しみ、アジアの文化・歴史への造詣が深い。
東京文京区、緑豊かな六義園のそばに佇む東洋文庫。その近くで生まれ育ち、現在も徒歩圏内の大学に勤める渡邊直樹さんは、ミュージアムの開館当初から足繁く通っています。実は渡邊さん、平凡社の「東洋文庫」シリーズから出版された石田幹之助の『長安の春』に感銘を受けて同社に就職したそうです。この日は、「ずっと疑問に思っていた平凡社との関係を、ぜひ聞いてみたい」と、東洋文庫を訪れました。案内してくれたのは、学芸員であり研究員の岡崎礼奈さんと篠木由喜さんです。
参加型展示で遊べる!「オリエントホール」から始まる本の旅
ミュージアムの出発点、「オリエントホール」には大きな吹き抜けがあり、正面のガラス越しに中庭が見渡せます。
右手の展示ケースには、アジアだけでなく世界各国の言語で書かれた資料が紹介されています。フランス人画家ジョルジュ・ビゴーの風刺画の前で足を止めた渡邊さん。「明治時代の日本人をどのように見ていたかがわかって面白い。ここを素通りしたらもったいないですね」
対面の壁には300年前に描かれた「江戸大絵図」の原寸大のレプリカが吊り下げられています。デジタル版を現代の地図と重ね合わせて見ることもでき、篠木さんら研究員が歩いて撮影した江戸百景の写真と解説が楽しめます。「GPSを活用したスマホアプリもありますよ」と篠木さん。子どものころ写生に通った小石川植物園を見つけた渡邊さんは、「デジタルにすることで現代と視覚的に繋がります。逆に、地図の巨大さや迫力は現物でしかわからない。ここに来れば、それぞれの魅力を感じられますね」と、早くも新たな楽しみ方を発見しました。
隣には、シルクロード関連の貴重資料のデジタル画像を検索し、オリジナルの絵葉書が作れる「遷画~デジタルシルクロード」があります。「年賀状にいいね」と来年の干支の画像を探す渡邊さん。「ここだけで1時間は遊べそう」と後ろ髪をひかれつつ、2階のモリソン書庫へと向かいます。
本の存在感に圧倒される「モリソン書庫」
「モンスーンステップ」を上ると、三方の壁を本で埋め尽くす大きな書棚に目を奪われます。この書庫に収められているのは、東洋文庫の蔵書の核をなすモリソン・コレクション。『東方見聞録』のような古典籍や地図、『アジアの鳥類』などの図鑑や旅行記、シルクロード探検隊の調査報告書など、2万4千冊におよぶアジア関係の欧文資料が整然と並んでいます。「前にここで撮った写真をフェイスブックに載せたら、『いいね!』がたくさんついた」と笑顔で話す渡邊さん。「展示物も自由に撮影できるから嬉しくて、つい時間を忘れてしまいます」
昨年、渡邊さんはコレクションの渡来100周年を記念した「東方見聞録展」を訪れ、19世紀のイギリスで出版された『アジアの鳥類』図鑑に魅せられました。手彩色の美しく精細な図版から、当時の英国人研究者たちの熱い思いが伝わってきます。
「ここには本が持つ"もの"としての圧倒的な存在感があり、蒐集にかけたモリソンの情熱、研究者の自然や文化に対する畏怖が集約されています。本が語りかけてくる壮大な歴史を体感できるのが最大の魅力ですね」という渡邊さんの言葉に、岡崎さんは深くうなずきます。「災害を乗り越え、第二次大戦中は宮城県に疎開させて戦禍を免れました。渡来して100年間、欠けることなく残った背景には、知識を守り抜こうとした研究者たちの強い意志があります。展示するものはごく一部ですが、コレクション自体が歴史や物語、知識を残すことへの執念を背負っているのかもしれません」