「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~部下の心を動かした『胸アツ』エピソード」では、実際にあった感動的な現場エピソードを取り上げ、「上司力(R)」を発揮する方法について解説していきます。
今回の「エピソード6」では、<「私たちの気持ちを全然わかってない!」総スカンを食らった新米上司が、左遷先で見つけたマネジメントの本質とは?>というエピソードを取り上げます。
異動したAさんが、招待された舞台裏で見たものは?
<「私たちの気持ちを全然わかってない!」総スカンを食らった新米上司が、左遷先で見つけたマネジメントの本質とは?【部下の心を動かした『胸アツ』エピソード「6」中編】(前川孝雄)>の続きです。
Aさんは、左遷先から本部に戻され、見事、再起を果たしました。マネジメントの要諦を学んだAさんは、本部管理職として忙しく充実した日々を送っていました。
そして、さらに1年後、あのMさんから社内メールで連絡をもらったのです。
「Aさん。今度、私が企画した大きなマーケティングイベントがあるんです。もし都合がつけば、こちらに見に来てくれませんか」
(「...マーケティングプロジェクト立ち上げのころ、たった20人の小さなイベントでも集客できず、進行もボロボロで、アンケートもさんざんだったことがあったよなぁ...」)
Aさんは懐かしい気持ちとともに、スケジュールをやりくりし、当日イベント会場に足を運びました。
すると...そこには目を疑う光景がありました。
地域でも有数の大きなイベント会場には、顧客2000人以上が集まり、入場に行列ができるほどの大盛況。関係者入口から舞台裏に入ったAさんは、100人を超えるスタッフに対し、台本を片手に、頭にはインカムをつけて、テキパキと指示を出す一人のリーダーを見つけます。
そう、あのMさんだったのです。
(「人って、こんなにも変われるんだ...。頑固で態度が後ろ向きといわれていたMさんが、こんな素晴らしいリーダーになるなんて」)
凛としたMさんの働きぶりを見て、感動したAさんは不覚にも涙が止まりませんでした。
そんなAさんを見つけたMさんは、パッと明るい笑顔になり、駆け寄ってきました。
「Aさん、お忙しいところお越しいただき、ありがとうございます。見てくれました? この大きなイベント。すごいでしょ! 全国に沢山の支所がありますけど、これだけの規模でマーケティングイベントやっているところなんて、ないんですよ。私、頑張りました。このイベント、どうしてもAさんに見てほしかったんです」
「3年前にAさんが課長として着任してきたとき、『ああ、この課長も私の仕事や気持ちになんて興味ないんだよな』って思っていました。だから、面談でマーケティングプロジェクト担当の話もらった時、本当に嬉しかった。でも、全然うまくいかなくて...。私もう会社辞めようと思っていたんです」
「でも、管理職会議で私の担当替えの話が出て、Aさんが守ってくださったことを、後から知りました。その晩、私うちで泣いてしまいました」
「『私、やっぱり絶対にあきらめない。自分で決めたことだから。Aさんが体を張って支えてくれているのに逃げたくない』。そう思いなおして、頑張ってきました。それで、ここまで来たんです。いま仕事ってこんなにも面白いものなんだって感じています。未経験だった私がここまで成長できたんです」
「だから、だから、このイベントはどうしてもAさんに見てもらいたかったんです! 見てもらって、直接私の今の気持ちを伝えたかったから...。Aさん、今まで本当に有難うございました。私の今があるのはAさんのおかげです」
胸がいっぱいになったAさんは、嗚咽をこらえるのに必死で、やっと一言だけ返すことができました。
「こ、こちらこそ、ありがとう。Mさんの成長、本当に嬉しいよ」
Aさんが見つけたマネジメントの本質とは?
以下に、このエピソードから学べることを3つ挙げておきましょう。
第1に、望ましいマネジメントとは、決して上司の一方的な考えに部下を従わせるものではないことです。それは管理職の権限を振りかざしてのヘッドシップではあっても、リーダーシップではありません。
優秀な上司の強引なヘッドシップで、短期的な組織業績は上がる場合があります。しかし、その結果、部下たちが疲弊し、成長できず、メンタル不調や離職につながるようでは、組織の継続や発展は望めません。
ダイバーシティマネジメントが重視され、人的資本経営が求められるなかで、人事部署も経営者も、そんな上司に現場を任せるわけにはいきません。
本連載でも繰り返し述べていますが、上司は「管理職」から「支援職」に変わること。まず、その心得が大切なのです。
第2に、上司も人間。失敗することもありますが、そこからいかに学び成長するかが大切なのです。
Aさんは、オシボリを投げつけた元部下に感謝すべきかもしれません。もしも、誰も不満を言い出せず、Aさんを止められなかったとしたら...。オシボリ事件のおかげでチームは危機から救われ、Aさんにも内省と再起の機会が与えられたのです。
Aさんは、<前編>の冒頭で紹介した「クイック・ウィン・パラドックス」の典型です。何より、やる気に満ち溢れた新米上司らしい先走りでした。ここまで大事に至らないまでも、誰もが一度はヒヤリとした経験があるのではないでしょうか。
大事なことは、上司は部下一人ひとりの気持ちを聴くことろから歩みだすべきこと。プレーヤーだった頃の経験値にばかりとらわれず、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を持ちやすい自らの立場に気をつけること。そして常に内省し、部下とともに学び成長をめざす姿勢を忘れないことです。
第3に、部下の成長に関われることこそ、上司自身の働きがいだということ。Aさんはオシボリ事件を契機に、マネジメントの本質を真剣に問い直した結果、それを見つけたのです。
自分が一心に関わった部下の生き生きとした働きぶりや、成長に立ち会えた時の喜びは、何にも代えがたいもの。Aさんは元部下Mさんの雄姿を舞台裏から垣間見ることで、きっと「上司の本懐」を味わい、リーダーとしても人間としても、一回り大きくなれたことでしょう。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等約40冊。最新刊は『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)。