Aさんが見つけたマネジメントの本質とは?
以下に、このエピソードから学べることを3つ挙げておきましょう。
第1に、望ましいマネジメントとは、決して上司の一方的な考えに部下を従わせるものではないことです。それは管理職の権限を振りかざしてのヘッドシップではあっても、リーダーシップではありません。
優秀な上司の強引なヘッドシップで、短期的な組織業績は上がる場合があります。しかし、その結果、部下たちが疲弊し、成長できず、メンタル不調や離職につながるようでは、組織の継続や発展は望めません。
ダイバーシティマネジメントが重視され、人的資本経営が求められるなかで、人事部署も経営者も、そんな上司に現場を任せるわけにはいきません。
本連載でも繰り返し述べていますが、上司は「管理職」から「支援職」に変わること。まず、その心得が大切なのです。
第2に、上司も人間。失敗することもありますが、そこからいかに学び成長するかが大切なのです。
Aさんは、オシボリを投げつけた元部下に感謝すべきかもしれません。もしも、誰も不満を言い出せず、Aさんを止められなかったとしたら...。オシボリ事件のおかげでチームは危機から救われ、Aさんにも内省と再起の機会が与えられたのです。
Aさんは、<前編>の冒頭で紹介した「クイック・ウィン・パラドックス」の典型です。何より、やる気に満ち溢れた新米上司らしい先走りでした。ここまで大事に至らないまでも、誰もが一度はヒヤリとした経験があるのではないでしょうか。
大事なことは、上司は部下一人ひとりの気持ちを聴くことろから歩みだすべきこと。プレーヤーだった頃の経験値にばかりとらわれず、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を持ちやすい自らの立場に気をつけること。そして常に内省し、部下とともに学び成長をめざす姿勢を忘れないことです。
第3に、部下の成長に関われることこそ、上司自身の働きがいだということ。Aさんはオシボリ事件を契機に、マネジメントの本質を真剣に問い直した結果、それを見つけたのです。
自分が一心に関わった部下の生き生きとした働きぶりや、成長に立ち会えた時の喜びは、何にも代えがたいもの。Aさんは元部下Mさんの雄姿を舞台裏から垣間見ることで、きっと「上司の本懐」を味わい、リーダーとしても人間としても、一回り大きくなれたことでしょう。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等約40冊。最新刊は『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)。