高級食材として知られる「フォアグラ」。アヒルやガチョウの脂肪肝であり、高級料理に使われる食材として有名なのは、みなさんご存じの通りだ。
そのフォアグラが人工的に作り出され、しかも、これまでよりもはるかに低価格で供給される世界が目前にまで迫っているようなのだ――。
手掛けているのは、バイオ系スタートアップ企業・インテグリカルチャー株式会社(東京都文京区)。同社が目指すのは、「フォアグラを人工的に作り出し、それを低価格で消費者に提供する」こと。SF的な話かと思いきや、意外にもその実現は速いかもしれない。
せっかく苦労して開発したのに、「フォアグラ」と呼べない!?
同社が開発したのは、その名も「培養フォアグラ」。2023年2月には試食会があり、急激に知名度を上げつつある。インテグリカルチャーの代表取締役CEO・羽生雄毅(はにゅう・ゆうき)氏は、培養フォアグラについて、その性質や目指すべき価格などについて、J-CAST会社ウォッチ編集部のインタビューで明かした。
――培養フォアグラとは、そもそも何なのでしょうか。
羽生雄毅氏 一言でいえば、「細胞培養で増やしたアヒルの肝臓細胞」のかたまりです。そもそもフォアグラとはアヒルの脂肪肝ですからね。
――ただ、肝臓細胞のかたまりとなると、それこそ、「ビーカーの中で肝臓そのものを作り出す」といったものではない、ということですね。
羽生氏 そうなんです。なので、果たしてこれを「フォアグラ」と呼んでいいのかという点については、実は議論の余地があります。アヒルの肝臓そのものである「フォアグラ」には肝臓の中の血管や血液など、肝臓細胞以外のものも含まれています。しかし、我々が開発した「培養フォアグラ」は肝臓細胞だけを用いるものなので、たとえば「血の味」もしないんです。
――そうなんですね!
羽生氏 血の味がしないことに関しては、試食でも意見が分かれました。血の味がした方がおいしいと感じた方がいた一方で、それがイヤだとする方もいらっしゃいました。そうなってくると、発売の際に、これを「フォアグラと呼ぶべきか、どうか」という問題が生じます。さらに言うと、これはしばらく先の発売段階での話になりますが、景品表示法に照らしてみて「優良誤認にあたるかどうか」という問題も発生します。
――法律上の問題ですね。
羽生氏 もう少しお話しさせていただくと、この優良誤認にあたるかどうかというのも、非常にクセモノなんです。というのも、培養フォアグラは、アヒルを殺していないから、「培養フォアグラはフォアグラよりも優れている」と考え、優良誤認ではないと判断する人がいます。これに対し、食に関して保守的な立場の人たちは培養フォアグラを「模造品」であるととらえた場合、「培養フォアグラは優良誤認にあたる」という判断をされる可能性があるからです。
――同じ製品に対して、180度違う判断が生まれてしまうわけですね。
羽生氏 なので、発売の際には「培養フォアグラと呼ばない方がいいのでは」という意見もあります。これは突き詰めていくと、個々人の「お気持ちの問題」になってしまうので、社会全体では答えは出ないのではないかと思っています。
――難しいですね......。
羽生氏 では、発売する側としてはどう呼んでいくかということになります。1つは、法令違反にならないこと。もう1つは、どういうマーケティング戦略を立てていくかということになると思います。
ただ、残念ながら、まだそのような突っ込んだ議論ができる状況にはなっていません。というのも、培養フォアグラを食品表示の観点から何と呼ぶのかというルールがまだ決まっていないからです。
――まっさらの状態なんですね。
羽生氏 いちおうルール作りに関しては、「細胞農業研究機構」という業界団体が提言を行っている状況ではありますが......まさに現在進行形の状態です。なにしろ、レギュレーション自体が存在していないのです。ただ、この点は新技術などにはつきもので、ドローンや生成系AIにも共通する課題で、業界関係者が苦悶しつつもルール作りを進められていますね。
――となると、細胞農業の業界も、今後、何らかの方向性が見えてくるかもしれませんね。ところで、日本の細胞農業は世界的に見て先行しているのでしょうか。
羽生氏 動き出しは速かったです。ただ、現在の動きは非常に鈍く、だんだん海外に抜かれていっている状況です。その理由は、日本国内の細胞農業への投資額が、他国に比べて少なくて......。
――やはり、先立つものは研究費なんですね!
「100グラム300円を目指しています」
モノとして新しすぎるがゆえに、受け入れる世の中の方がまだ追いついていない――。そんな状況下にある新進気鋭の「培養フォアグラ」。どのように作られているのだろうか?
――培養フォアグラを作る際のメカニズムをお教えください。
羽生氏 現在、世界中では複数の方法で培養フォアグラ作りの研究が進められていますが、共通しているのは「大量のアヒルの肝臓細胞を得る」という点です。やはり、「大量に」というのが非常に難しい点ですね。
――フォアグラは脂肪分が多いことが味の特徴ですが、培養フォアグラは脂肪分の含有率の調整はできるのでしょうか。
羽生氏 調整は自由に可能です。おそらく脂肪の質の調整も可能だと思いますが、これは今後の開発目標です。
――動物の細胞の培養、それも臓器の細胞の培養って本来、非常にお金がかかるものだと思うのですが、御社は培養フォアグラの低価格での発売を目指されています。となると、技術のブレイクスルーもあったと思います。御社の強みは、何でしょうか。
羽生氏 もちろん、ありました。弊社が強みとして持っているのは、細胞培養の際に使う「血清成分」の低価格化の技術です。かいつまんでいうと、細胞培養を行うには「基礎培地」と「血清成分」が必要です。基礎培地に関しては成分がスポーツドリンクと基本的に同じなので、これは元から低価格です。
一方、血清成分は、ピンからキリまであるのですが、細胞培養の効果が大きい高価格品を使わなければならないのがふつうでした。そのため、培養フォアグラを作ろうとすると、値段が非常に高くなってしまっていた原因の1つでした。血清成分の高価格品となると、1グラム80億円などという代物もありますからね。
――は、80億円!! 天文学的数字ですね。何だか頭がクラクラしてきましたが、ズバリお聞きします。御社は培養フォアグラをどこまで安く作ることができるのでしょうか。
羽生氏 我々は100グラム300円を目指しています。この価格で2026年7月から月産4.6トンを計画しています。
――低価格での大量生産が間近に迫っているわけですね。
羽生氏 なお、さきほども申しましたが、発売する際の名前は......「培養フォアグラ」なのか、「培養肝臓細胞」なのか難しいところですが、そんな中、最近では「細胞性食品」という言い方が提唱されています。 これなら、「フォアグラと呼ぶべきか問題」を解決できるのはもちろん、「培養肉だと培養魚肉は入らないのか?」「培養脂肪はどうなる?」といった問題も解決できるからです。いまのところ、日本語における正式名称としては最有力です。
――ややフワっとした名前ですが、さまざまな発明品を包み込めそうな名前ですね。ところで、今出た2026年7月というのが商品化される時期ということでしょうか。
羽生氏 商品化自体はもっと早い時期を想定しています。できれば2025年の大阪万博でお披露目できるよう、間に合わせたいと商品化を急いでいます。
――だいぶ近いですね。実感がわいてきました!
羽生氏 ただ、商品化にはもう1つハードルがあります。培養フォアグラは食品および食品添加物として認められたものだけで作られるので、食品的にはすでに問題ありませんが、培養フォアグラを作る食品工場に対する認可も必要なことです。
――なるほど!
羽生氏 通常、食品工場を設置しようとすると、まず保健所に行って認可を申請することになりますが、培養肉の食品工場についてのルールもまだありません。そのため、保健所に行って申請書を提出しても「判断できないので受け取れません」という返事が返ってきてしまうのです。なので、今後は国としてのルール作りが急務です。
ここまでは「培養フォアグラ」について羽生氏に話をうかがってきが、インテグリカルチャーの強みである「細胞培養」の技術は、さまざまな商品への応用の可能性を秘めている――。後編では、同社が目指している未来像に迫る。
<「培養フォアグラ」だけでなく、「アンチエイジング化粧品」にも期待大! インテグリカルチャーの「細胞培養」でできることは?/代表取締役CEO・羽生雄毅さん>に続きます。
(聞き手・構成/J-CAST会社ウォッチ編集部 坂下朋永)
【プロフィール】
羽生雄毅(はにゅう・ゆうき)
インテグリカルチャー株式会社
代表取締役CEO
2010年、University of Oxford Ph.D (化学)取得。東北大学 PD研究員、東芝研究開発センター システム技術ラボラトリーを経て、2015年10月にインテグリカルチャーを共同創業。