岸田政権は「迷走」し始めたのか 異例の経過たどった「減税検討」...「無理やり減税」に突き進むのは、岸田首相の苛立ちから?

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   奇妙な光景が続いている。岸田文雄首相がやろうとしている「減税」のことだ。

   与党に「減税検討」を指示しながら、国会では具体的に口にせぬまま、テレビに出演してヤル気満々の姿勢をアピールし、その間、メディアではほぼ決まったように具体的内容が報じられるといった異例の経過をたどっている。

   与党幹部には国会で「リーダーとしての姿勢が示せていない」と指弾され、与党寄りで知られる政治ジャーナリストからも、首相の言葉が国民に届かなくなっているとの指摘が出る始末だ。政権は「迷走」し始めたのか。

税収増の還元策へ...年4万円の所得税などの「定額減税」、住民税の非課税世帯に7万円の現金給付

   「税収増の還元策」を掲げ、減税へと急速に舵を切った岸田首相は2023年10月26日、首相官邸で開いた政府与党政策懇談会で、居並ぶ自民、公明両党の幹事長や政調会長らに、税収増の還元策として、1人あたり年4万円の所得税などの「定額減税」を行う方針を示し、具体的な制度設計を進めるよう指示した。

   また、「賃金上昇が物価高に追い付いていない国民の負担を緩和するには、可処分所得を直接的に下支えする所得税、個人住民税の減税が最も望ましい」として、住民税の非課税世帯に7万円の現金給付を実施することと合わせて政府の総合経済対策に盛り込み、11月2日に決定するという段取りが正式に固まったのだった。

◆与党内で政策議論が迷走...「所得税」の減税には紆余曲折

   ここに至る経緯を見ると、官邸・与党での政策論議の迷走がはっきりする。

   9月23日に国連総会から帰国した直後から、官邸では10月中めどと首相が指示した経済対策に向けた議論が本格化した。ただ、所得税の減税については賛否が分かれていた。

   一方、与党では、首相が9月25日に「税収増を国民に適切に還元する」と表明したのを受け、自民党の世耕弘成参院幹事長が「減税は当然検討対象」と語るなど、減税を求める大合唱になった。

   ところが、首相が明確な方向性を示さなかったため、与党では「首相は減税する気はない」との観測が広がって議論は急速にしぼむ。与党は経済対策に向け10月17日に「提言」をまとめたが、そこには低所得層への給付金などが中心で、「減税」は盛り込まれなかった。

   永田町をモヤモヤ感が覆う中、解散戦略を含む政権運営に大きな影響を与える10月22日の衆参補欠選挙を前に、岸田首相は逆に減税に向け一気に走り始める。

   10月20日夜、官邸のエントランスホールで記者団の前で足を止め、「所得減税を含め、党における検討を指示した」と明言した。

   その直前、首相は自民党の萩生田光一政調会長、宮沢洋一税制調査会長、公明党の高木陽介政調会長らと、それぞれ計約1時間かけて会談を重ね、そうした方針を伝えたという。

   一方で、開会した臨時国会では、首相の口からなかなか減税の説明が聞かれない。

   当初、20日の国会開会日に所信方針演説をすることを求めた首相だが、補選直前に一方的にPRするのは露骨な選挙対策とあって、さすがに無理御筋。週明け23日に行われた演説に「所得税」の文字はなく、24日の衆院本会議で減税について具体策を語らなかった。

   だが、その24日夜のテレビ東京の報道番組に出演した首相は「所得税の増収分をお返しするというのが最も分かりやすい還元だ」と減税実施の決意を述べた。

   新聞報道も、24日夕刊から25日朝刊で「所得減税4万円案/非課税世帯7万円給付」(日経新聞24日夕刊1面トップ)など、具体的な中身がいっせいに報じられた。

   25日の参院代表質問で、立憲民主党の田名部匡代参院幹事長が「大事なことはテレビではなく、国会でしっかりと議論していただきたい」と批判したのは当然だろう。

   首相へのダメ出しは、与党からも飛び出した。

   田名部氏の後に代表質問に立った自民党の世耕参院幹事長は「支持率が向上しない最大の原因は、国民が期待するリーダーとしての姿が示せていないからではないか」と断じ、「還元という言葉がよく分からなかった」「物価高に何をしようとしているのか、まったく伝わらなかった」と野党と見まごうほどの辛口の言葉を連ねた。

税法改正を伴う減税...予算措置だけでできる給付金に比べ、即効性劣る

   ほぼまとまってきた減税・給付の仕組み、規模などをみておこう。

   減税は納税額の多寡に関係なく一律の金額とする「定率減税」とし、所得税3万円、住民税1万円の計4万円、さらに扶養家族についても1人当たり4万円減税する。つまり、扶養家族が2人いる世帯なら12万円の減税になる。

   他方、住民税非課税世帯の場合は、税金を納めていないから減税の恩恵はないので、一律7万円の給付金を支給する。

   減税は自民党税制調査会で具体的な仕組みを議論して年内に決め、2024年の通常国会で税制関連法の改正案を成立させ、6月に実施する。24年度だけの1回限りとする方針だ。

   ただ、課税世帯でも納税額が定額減税額に満たないと、4万円の減税を受けられない。こうした「隙間世帯」にどのように対応するかは、年末までに詰めることになる。また、自民党内には減税対象の年収を2000万円程度に制限する声もあるが、首相は慎重といわれる。

   こうした施策の規模は、減税だけで3.5兆円、その他を含め総額5兆円とされる。22年度の所得税収は22.5兆円で、20年度の19.1兆円から3.4兆円増と、想定減税規模に匹敵し、これが「税収増の還元」という計算になる。

   だが、政府・与党内にも、減税への疑問の声は少なくない。

   船田元・衆院議員は「期限付きで小規模の所得減税の効果は極めて限定的。慎重であるべき」と述べている。専門家からも、「5兆円の所得減税は実質GDPを1年間で0.25%押し上げると試算される」が、「恒久減税の場合であり、期限付き減税の場合には(貯蓄に多く回り)その効果は半減し、0.12%と推定される」(木内登英・野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト)などの指摘がある。

   減税は税法改正を伴うために実施が半年以上先になることから、予算措置だけでできる給付金に比べ即効性も劣ることは、広く指摘されているところだ。

   それでも、「無理やり減税」に突き進む背景には、首相の苛立ちがあるとの見方が強い。

   22年末、防衛費増額の財源に法人税などの増税方針を決定したほか、23年6月の政府税制調査会の中期答申のとりまとめでは、通勤手当などの非課税所得や退職金の税控除の見直しが盛り込まれ、「サラリーマン増税」といった批判が噴出した。

   ネットでは首相の眼鏡姿を「増税メガネ」と揶揄する声があふれ、首相は苛立ちを口にしたと伝えられる。

岸田政権への不安広がる... 国民にアピールしたい首相の思いも届かず?

   ひるがえって、国民にアピールしたいという首相の思いは、どこまで届いているのだろうか。

   政権・与党の代弁者ともいわれる政治ジャーナリストの田崎史郎氏は24日のTBS系「ひるおび!」、25日のテレ朝系「モーニングショー」などに出演し、「首相は不退転の決意」と強調。

   その一方、与党などの関係者の間で、岸田政権への不安が広がっているとして、「もう一般国民の方が、岸田さんの話を聞かなくなっているという話を聞いて、これはもしかしたらもう岸田さんが地位を失っている。だから岸田さんがいくら強い調子で、強い言葉で言われても、それが国民の胸に届かない状況になっているかもしれないと、そういう不安なんです」と解説した。

   22年末に決まった防衛費拡大の財源のための増税、「異次元」の子育て支援の予算確保のための社会保険料負担増などが迫られていることを(実施時期・規模は別にして)国民は知っている。1000兆円もの借金が積みあがっていることも知っている。

   目先のバラマキとの批判を意に介さない首相。その狙い通り、アピールするのだろうか。(ジャーナリスト 白井俊郎)

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