米連邦取引委員会(FTC)が、巨大ネット通販サイトを運営する米アマゾン・コムを反トラスト法(独占禁止法)違反の疑いで提訴した。優越的な地位を乱用して、出品業者や消費者に不利益を与えているとの主張だ。
先にグーグルの検索サービスに関し同様の訴訟の審理が始まったばかりで、米バイデン政権は巨大IT企業への「攻勢」を強めている。
172ページにもわたる訴状で、アマゾンの「手口」を詳述
訴訟は2023年9月26日付で、米北西部ワシントン州の連邦裁判所に提起され、FTCのほかニューヨーク州など17州も加わっている。
訴状によると、FTCはアマゾンが自社の通販サイトで販売する業者が別のサイトで、より安い価格で販売していた場合、アマゾン上の検索結果の順位を引き下げて、実質的に見えなくする「罰」を与えていた。
また、アマゾンの通販サイトに依存する立場の弱い出品業者から高額の「手数料」を徴収、販売手数料やサイトへの広告出稿費用などを合わせると、「多くの出品業者が売上高の50%近くを支払っている」と主張。さらに、アマゾンの行為によりインターネット上で幅広く売られる製品の価格を不当に高く維持し、消費者も被害を受けた――などと指摘した。
訴状は172ページにもわたり、アマゾンの「手口」を詳述する。たとえば、外部のサイトで売っている業者を調べるため、「クローリング」と呼ばれる手法を使った「洗練された監視ネットワーク」を運営していた▽有料会員サービス「プライム」向けに出品したい業者には、費用がかさむアマゾンの配送センターを使うよう強要していた――などを列挙している。
「法廷で(自社の)主張を訴えていく」正面から反論するアマゾン だが、事業への影響は必至か 新分野への進出が遅れるリスクも
これに対し、アマゾン側は正面から反論している。
9月26日の声明で「FTCの思い通りになれば、選択できる製品が減り、価格が上がり、消費者への配送が遅くなる」として、「法廷で(自社の)主張を訴えていく」とした。
アマゾンにすれば、世界の小売市場では実店舗がなお大きなウェートを占め、ネット通販だけに焦点を絞って市場支配力や独占を云々するのは見当違いとの思いがある。
ただ、訴訟の影響は小さくないとみる向きが多い。
アマゾンの2022年の売上高約5140億ドル(約77兆円)のうち、北米事業は約6割を占めるとされ、訴訟の行方によっては中長期的に業績に影響が出る可能性がある。
また、ネット通販以外の事業拡大の足かせにもなるかもしれない。
アマゾンは、ネット通販を起点に有料会員制度「プライム」や広告、クラウドコンピューティングへと事業領域を広げているが、掃除ロボットを手がける新興企業の買収計画でもFTCの調査を受けるなど、当面は大規模なM&A(合併・買収)に踏み切りにくい状況で、新分野への進出が遅れるといったリスクが指摘される。
FTCは直近でメタ、MSも「標的」に バイデン氏が再選を目指す24年の大統領選への思惑も?
今回の訴訟の背景には、米バイデン政権の思惑もあるとの見方が一般的だようだ。
J-CAST 会社ウォッチが「グーグル独禁法訴訟、審理始まる...問われる検索サービス『初期設定』契約の違法性、世界的な大手IT規制の流れに影響大」(2023年9月27日付)で報じたように、FTCとは別に、米司法省などがグーグルに対し、自社の検索サービスを標準に設定(初期設定)してもらう契約を結んでいることが競争を阻害しているとした訴訟の本格審理が、今回のアマゾン提訴の直前に始まったばかり。
FTCは20年にメタ(旧フェイスブック)を同法違反で提訴したほか、22年にマイクロソフト(MS)による米ゲーム開発大手アクティビジョン・ブリザードの買収の差し止めを求めた(MSについては裁判所が棄却)。
一連の規制の動きは、前のトランプ政権から引き続くものもある。だが、特にバイデン政権は21年に発足して以降、巨大IT企業に批判的な学者や弁護士を相次ぎFTCと司法省幹部に登用しており、一連の訴訟は、そうした人事の当然の帰結でもある。
とくに、FTCのリナ・カーン委員長は研究者時代の2017年に「アマゾンの反トラストのパラドクス」と題して、アマゾンのビジネス慣行の弊害を訴えた論文を発表して注目された「筋金入り」。カーン氏にとってアマゾンは、まさに攻略すべき「本丸」といえる。
もっとも、政権側の思惑通り進むかは予断を許さない。
前記の通りMSのゲーム開発大手買収の差し止めは却下され、メタによるスタートアップの買収差し止めも同様に却下されている。それでもバイデン政権が巨大ITを訴えるのは、世論へのアピールが狙いとの見方が多い。
レーガン政権以降の新自由主義的な経済政策(レーガノミックス)で大企業寄りの政策が続いたが、ここにきて、労働者の生活防衛・向上への流れが強まっているのは、全米自動車労組(UAW)のストでも明らか。同じ脈絡で、巨大ITへの批判的な声は高まっており、提訴など一連の動きは、バイデン氏が再選を目指す24年の大統領選をにらんだものといえそうだ。
米経済紙「ウォールストリート・ジャーナル」は日本語web版「アマゾン提訴、FTCの勝算は」(2023年9月28日)で、専門家の見方として、訴えの範囲は予想していたより狭く、「FTCが期待できるのは、せいぜいアマゾンの価格規定のわずかな変更、有料会員制度『プライム』の配送要件の緩和、そしておそらく検索結果の改善だろう」と報じている。
政治ショーなのか、歴史的な独禁法訴訟になるのか、どちらにしても目を離せない。(ジャーナリスト 白井俊郎)