就職先や転職先、投資先を選ぶとき、会社の業績だけでなく従業員数や給与の増減も気になりませんか?
上場企業の財務諸表から社員の給与情報などをさぐる「のぞき見! となりの会社」。今回取り上げるのは、国内最大級のテクノロジー専門メディアを運営するアイティメディアです。
アイティメディアは1999年、ソフトバンクグループ初のオンラインメディア企業「ソフトバンク・ジーディーネット」として設立。2005年にアットマーク・アイティと合併して現在の社名に変更しました。
2006年に米TechTargetと提携しリードジェネレーションビジネス(後述)を開始して、2007年に東証マザーズに上場。2015年にリクルートより「キーマンズネット」を譲り受けてリードジェネ事業を拡張し、2018年には東証一部(現プライム)へ市場変更しています。
2023年3月期の過去最高業績を更新したが
それではまず、アイティメディアの近年の業績(IFRS)の推移を見てみましょう。
アイティメディアの業績は右肩上がりに伸びており、2023年3月期は売上収益・営業利益ともに過去最高を記録しました。
2019年3月期から2023年3月期の4期間で比較すると、売上収益は1.86倍に、営業利益は3.33倍に増加。営業利益率も18.7%から33.5%と15ポイント近く上昇し、当期利益は5.25倍の19.7億円に達しています。
2023年3月期決算時点での2024年3月期の業績予想では、売上収益が前期比4.5%増の91億5000万円、営業利益が同2.4%増の30億円、当期利益は同2.3%増の20億2000万円で、増収増益により過去最高業績を更新すると見込んでいました。
しかし、7月31日の2023年3月期第1四半期決算は、売上収益が前年同期比9.0%減の18億0200万円、営業利益が同34.2%減の4億1400万円、四半期利益が同34.5%減の2億8000万円と減収減益に。特に利益の落ち込みが大きくなっています。
これを受けて、通期予想は下方修正され、売上収益83億2000万円(前期比4.9%減)、営業利益24億円(同18.1%減)、当期利益16億2000万円(18.0%減)となる見込みとなり、8月1日には株価が急落しています。
なお、アイティメディアの四半期トレンドとして、顧客企業のマーケティング関連予算は年度末に執行が偏るため、第1四半期が最小、第4四半期が最大となる傾向があるようです。
セグメントを「BtoBメディア」「BtoCメディア」へ変更
アイティメディアは、2024年3月期より報告セグメントを変更しています。旧セグメントは「リードジェン事業」と「メディア広告事業」でしたが、新セグメントでは「BtoBメディア事業」と「BtoCメディア事業」という区分けになっています。
◆BtoBメディア事業:IT業界事業者向け
・リードジェン:「TechTargetジャパン」「キ-マンズネット」など企業向け製品やサービスの導入検討に役立つ専門情報サイトを運営し、会員限定で情報を公開することでクライアントのセールスリード(営業見込み客)の発見を支援する事業です。
・受託型デジタルイベント〔旧リードジェン事業〕:企業が主催するデジタルイベントの企画・運営を支援する事業です。
・主催型デジタルイベント〔旧メディア広告事業〕:IT業界の最新トレンドや技術を紹介するデジタルイベントを自社主催で開催しスポンサー収益を得る事業です。
・広告〔旧メディア広告事業〕:「@IT」「ITmedia NEWS」「MONOist」などIT業界の企業向けにメディアやイベントへの広告掲載を提供するサービスです。広告枠の販売(バナー広告や動画広告、記事広告)やタイアップ広告などがあります。
◆BtoCメディア事業:一般読者向け
・運用型広告〔旧メディア広告事業〕:「ねとらぼ」など運営するメディアが記事内に掲載した「運用型広告(アドネットワーク広告)」の表示回数やクリック数、コンバージョン数などの成果に応じて広告収入を得るビジネスモデルです。
新セグメントが採用された2024年3月期第1四半期決算における売上収益の構成比は、BtoBメディア事業が15億円(83.4%)、BtoCメディア事業が3億0100万円(16.7%)。営業利益率はBtoBメディア事業が24.1%、BtoCメディア事業が17.6%でした。
売上収益減少の要因として、決算短信には「米国テクノロジー市場の悪化を背景とした外資系顧客からの広告収益の減少」「新型コロナの収束期待の高まりに伴う(リアルイベントへの)揺り戻しを背景としたデジタルイベント収益の減少」「広告市場単価の低迷による運用型広告収益の減少」の3つがあげられています。
平均年間給与695.5万円、平均年齢38.8歳
アイティメディアの連結従業員数は、2019年3月末の237人から、239人、260人、281人と増え、2023年3月期末には322人に。同単体従業員数は、2019年3月末の218人から、232人、249人、267人、306人となっています。
2020年3月期末と2023年3月期末の連結従業員数を(旧)セグメント別で比較すると、リードジェン事業が54人から85人へ(1.57倍)、メディア広告事業が86人から103人へ(1.20倍)、全社(共通)が99人から134人へ(1.35倍)といずれも増えています。
アイティメディアの平均年間給与(単体)は、2022年3月期までは右肩上がりに上昇し、716.4万円まで増えましたが、2023年3月期には695.5万円に。平均年齢38.8歳、平均勤続年数7.8年でした。
アイティメディアの採用サイトを見ると、新卒採用のほか、「発注ナビ」の提案営業での募集が行われています。
ちなみに、「発注ナビ」とは、ITに特化した新規受注開拓案件のマッチングサービスで、加盟者数が3000社を突破。新規掲載企業への提案営業や、既存顧客を対象としたカスタマーサクセスを担当します。
想定年収は410万円~610万円(月給+賞与年2回。月40時間分のみなし残業手当を含む)。業務に支障のない範囲でリモートワークが可能な「スマートワーク制度」があり、適用された場合には別途スマートワーク手当を1万円支給されます。
今後の中軸はリードジェンやデジタルイベントへ
アイティメディアは2024年3月期より報告セグメントを大幅に組み替えていますが、この理由について検討してみます。
旧セグメントの売上収益構成比は、「リードジェン事業」が35%で、「メディア広告事業」が65%。営業利益率も、メディア広告事業の37.1%が、リードジェン事業の28.3%を上回っています。
この数字を見ると、「アイティメディアの主力事業はメディア広告事業である。営業利益率も高く効率よく儲けることができているので、今後も広告事業に注力していけばよい」という判断になってもおかしくありません。
しかしアイティメディアは、今期から事業の中身に基づき、「BtoBメディア事業」と「BtoCメディア事業」に再編しました。これによって会社は、実は法人クライアントとのビジネスから収益の8割以上を得ていたということを可視化しています。
残る「BtoCメディア事業」とされた「ねとらぼ」などのネットメディアは、自社営業がほとんど不要な「運用型広告」で収益をあげており、クライアントへの営業が必要な「BtoBメディア事業」と性格を大きく異にしています。
コロナ禍では巣ごもり生活の中で、ウェブメディアのPVやUUは急増し、運用型広告による収益も大きく伸びました。アイティメディアの場合、2019年3月期と2023年3月期を比べると2.3倍に増えています。
しかし2023年に入り、運用型広告市場の競争激化により広告単価が下がり、コロナ禍の反動によるPVやUUの減少もあいまって経営が悪化。サイトの統合や運営休止、人員削減などのリストラを行っているウェブメディアが少なくありません。
アイティメディアの報告セグメントの見直しは、このような事態を適応するため、コロナ禍での「運用型広告バブル」はあくまでも「水物」ととらえつつ、デジタルイベントのリアル回帰も一時的な反動でしかないと判断し、安定したリードジェン事業を軸に経営基盤を強化するねらいがある、と見ることができるかもしれません。
もちろん、運用型広告ビジネスを完全にやめたわけではないので、市場が回復すればその恩恵を享受することはできます。しかし、当面は利益率の悪化に伴って「BtoCビジネス」を担当する部門の固定費圧縮は避けられないのではないでしょうか。(こたつ経営研究会)