アイデアとしては有望でも、スケールアップでつまずくのはなぜ?

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   「スケール」という概念を用いて、ビジネスのスケールアップを論じたのが、本書「そのビジネス、経済学でスケールできます。」(東洋経済新報社)である。

   ビジネスのアイデアが大きく花開くのか否か。さまざまな注意点を挙げている。スタートアップ企業の参考になりそうだ。

「そのビジネス、経済学でスケールできます。」(ジョン・A・リスト著、高遠裕子訳)東洋経済新報社

   著者のジョン・A・リスト氏は、シカゴ大学経済学部ケネス・C・グリフィン特別功労教授。専門は行動経済学。米国大統領経済諮問委員会でシニア・エコノミストを務めた。また、ライドシェアのウーバーとそのライバルであるリフトでの勤務経験もあり、本書のいたるところに企業での実践的なエピソードが盛り込まれている。

ビジネスのアイデアを大きく育てるために、何が必要か?

   ビジネスの世界でのスケールとは、一般に会社を成長させるプロセスを指す。広義の意味での「スケール化」は、アイデアを適用する範囲を、顧客や学生や市民など少人数のグループから、はるかに大規模なグループに拡大し、望ましい成果をあげることを指す、と定義している。

   アイデアが影響力をもつには、スケールアップが必要だ。アイデアとしては有望でも、スケールアップでつまずくのは、よくある話だ。

   たとえば、小さな企業が米国北西部の太平洋側のある州で売り出した製品が好調だったので販路を拡大したが、東海岸ではあまり売れなかったとか、例は枚挙にいとまがない。

   こうした事例は、すべて「ボルテージ・ドロップ(熱気の低下)」に関係している、と指摘する。

   ボルテージ・ドロップが起きるのは、それまで人や組織を動かしてきた将来の芽がなくなり、結果、カネやハードワーク、時間がムダになり、希望を打ち砕かれたときだ、としている。

   それらには驚くべき共通点があるという。ソフトウェア開発から医学、教育まで分野を問わず研究の妥当性をモニターするために創設された事業「ストレート・トーク・オン・エビデンス」によれば、施策や事業の50%から90%は、規模の拡大に伴ってボルテージが低下しているという。

アイデア実現のための5つのチェックリスト

   そして、アイデア実現のための5つのチェックリストを挙げている。

   第1は、偽陽性や詐欺ではないか、ということだ。

   エビデンスまたはデータのごく一部を、何かが正しいことの証拠だと誤って解釈するときに偽陽性が発生するという。

   例として、2006年クライスラーが導入しようとした健康増進プログラムを紹介している。同社は欠勤問題を抱えていた。病気で欠勤する従業員の代わりに組み立てラインに立つ「ブルペン」要員を確保するため、年間数百万ドルを投じていた。

   当時、31の工場があり、まずは1つの工場で金銭的なインセンティブを使って健康増進活動に参加してもらった。参加者は、参加しなかった者にくらべて、医療費は少なく、欠勤も少なかった。

   CEOは結果に感激し、プログラムを残りの30工場にも広げる予算を手当てしようとした。そこに、著者らが介入した。偽陽性を疑ったのだ。

   もう1つ、パイロット調査を行ったところ、参加した従業員は、参加しなかった従業員より良い結果を出したわけではなかった。初回の結果は、統計上のまぐれ――つまり、偽陽性だったのだ。ここから、「サンプルはあくまで1つのサンプルに過ぎない」という教訓を導いている。

   第2は、対象者を過大評価していないか、ということだ。

   例としては、ウーバーからリフトに移ったときの体験を披露している。リフトは「会員制」を導入しようとしたが、著者は反対した。理由をこう説明している。

「リフトの会員になるであろう人の大多数は、既に頻繁に利用しているはずだ。有料会員になることで最も得する人たちだが、これ以上、乗車回数は増やさない『おまけ不要』タイプだろう。この見方が正しければ、こうした顧客を有料会員にすると、利益が帳消しになるどころか、コストが増えていくことになる」

   実験的に導入されたが、「おまけ不要」タイプが、「おまけ好き」の3倍近くにのぼっていた。つまり、会員になったコアの利用者の大多数は、利用回数を増やしていなかった。利用回数は変わらず、割引料金の適用を受けていた。

   結果を踏まえ、週に2、3回利用する顧客向けの制度を始めた。だが、すぐにコロナ禍の影響を受け、ライドシェアもほぼ止まった。ここから、現在の対象者(顧客)がどんなタイプなのかを理解していないと、スケールアップした場合に、どんな人たちが反応してくれるか正確に予測することはできない、と指摘している。

いかにしてボルテージを高めるか?

   第3は、大規模には再現できない特殊要素はないかを見極めることだ。入手するのに交渉不可能な材料があれば、スケールアップはできなくなる。

   第4は、ネガティブなスピルオーバーはないかということだ。ある出来事や結果が、別の出来事や結果に意図せざる影響を及ぼすことを意味する。工場を新設したところ、大気汚染を引き起こし、周辺住民の健康被害が生じるケースが古典的な例だ。

   さまざまな属性の人を対象にスケールアップするときほど、スピルオーバーが発生しやすいという。

   第5は、コストがかかりすぎないかの検討だ。ある医療スタートアップの失敗例を取り上げている。固定費用がいくらになりそうかの見積、さらに十分な資金の確保が重要だという。

   このほか、第2部では、最大効果のスケーリングに必要なプラクティスを導入することで、いかにボルテージを高めるかについて論じている。「損失回避原理」など、行動経済学のインセンティブの活用を紹介している。

   ビジネスの現場に強い、まさに「行動する」経済学者の面目躍如といった本である。(渡辺淳悦)

「そのビジネス、経済学でスケールできます。」
ジョン・A・リスト著、高遠裕子訳
東洋経済新報社
2090円(税込)

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