「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~部下の心を動かした『胸アツ』エピソード」では、実際にあった感動的な現場エピソードを取り上げ、「上司力(R)」を発揮する方法について解説していきます。
今回の「エピソード4」では、<「入社2年目の若手社員がメンタル不調から立ち直り、大ブレイクした理由とは?>というエピソードを取り上げます。
本部長に「約束が違う」と直談判!
<入社2年目の若手社員がメンタル不調から立ち直り、大ブレイクした理由とは?【部下の心を動かした『胸アツ』エピソード「4」中編】(前川孝雄)>の続きです。
「社内アンケート100件回集」の目標を自力で達成してからのHさんは、自信をみなぎらせて仕事に取り組むようになりました。
その後もステップを刻みながらアンケートの再設計などに取り組み、本部長に企画と予算の承認を得て、いよいよ自分が計画した調査の収集・分析システムの運営が可能なところまでたどり着きました。
しかし、仕事にはアクシデントがつきものです。リニューアルした調査の運用を始める段階になって、部の業績が厳しいため、いったんシステムへの投資は凍結する判断が下されたのです。
するとHさんは...何と本部長のところに自分から乗り込んだのです。
「なぜ一度承認したものを途中でひっくり返すんですか。現場は望んでいるんですよ。約束が違うじゃないですか!」
T課長は、その果敢な後ろ姿を見ながら感極まりました。
「1年前は私の目を見て話すこともできなかったHが、こんなにも変わったとは...」
Hさんが、自分の仕事にプライドを取り戻すとともに、主体性どころか圧倒的な当事者意識を持つようになったことが、心の底から嬉しかったからです。
3割ストレッチが本人の成長を促す
このエピソードで、T課長の育成方法に学ぶべきは何か。以下、3点を挙げましょう。
第1に、「3割ストレッチの法則」を意識して活用することです。
部下に仕事の目的と工夫の余地をセットで任せ、本人が仕事の当事者であることを自覚すると、自分の仕事の責任を負うようになり、主体的に工夫し始めます。
自らの工夫がうまくいかなければ、原因を振り返り反省する姿勢も出てきます。自分自身が考えた仕事ですから、失敗しても上司や周囲の人のせいにせず、何とか自分で改善しようと考えます。
その際に、部下自身による改善を促すには、失敗のリスクがない簡単な仕事ばかりではなく、「少し背伸びが必要な仕事」を上手に任せることが有効です。これを私は「3割ストレッチの法則」と呼んでいます。
部下育成に不慣れな上司が部下に仕事を任せるときは、手取り足取り教えるか丸投げかになりがちです。手取り足取り教えれば、部下はミスなく仕事を完遂できます。しかし、それでは部下はいつまでたっても上司の指示に従う作業者のままです。「次はどうすればいいですか」と、上司に指示を仰ぎ続けかねません。
一方の丸投げだと、経験の浅い部下なら何からやれば良いかが分からず、仕事は止まったままとなり、結局周囲のフォローが必要です。これも成長につながりません。
キャリアの小さな階段をつくる
そこで第2に、仕事の任せ方の王道は、手取り足取りでも丸投げでもない「キャリアの小さな階段づくり」と心得ることです。
1年がかりの仕事なら、まず1年後に何を達成したいかゴールイメージを共有します。そのうえで、1カ月後にどこを目指すか、それをクリアしたら2カ月後には何を達成するかと、中期~短期的なゴールを順に設定します。一歩ずつ階段を上がれるようにするのです。
たとえば、新しい営業戦略立案の仕事を任せる場合、「まず現場の営業に話を聞き、問題点を洗い出そう」「次は、その問題の中で解決の優先順位を考えよう」と、部下が自ら動けるようにステップを刻み、仕事を任せるのです。
ステップの設計は最初に全てを決めず、階段を登るタイミングで必ず上司と部下が対話を交わしながら決めていきます。できるだけ部下自身のアイデアを引き出しながら一緒にステップを設計することが、「上司力」の見せ所です。
仕事のプロセスは裁量に任せながらも、妥協は許さない
そのうえで第3に、安易な諦めは許さないことです。
部下に仕事を任せると、難しい局面のときに妥協しようとすることも少なくありません。うまくいかない仕事のやり方は、適切に変えるべき場合もあります。仕事のプロセスは部下に裁量を持たせ自主判断に任せますが、約束した目標に対して安易に諦めて妥協することは許してはいけません。
これは、育児や介護などと両立しながら働く社員に対しても同じです。幼い子どもは体調が不安定なことも多く、急な遅刻、早退や、休みが必要な場面はよくあります。そのようなときには、「今日は早く帰っていいよ」「在宅で仕事をしても大丈夫」と伝え、柔軟に対応します。
しかしこれは、「任せた仕事をやり遂げなくてよい」ということではありません。休んだり在宅で仕事をしたりした分、どう挽回するかは本人に考えさせ提案させます。自分でリカバリーできない場合は周囲の力を借りてもかまいませんが、それも含めて自分の仕事。上司に「どうすればいいですか」と、依存はさせないことです。
「上司が最終的に巻き取ってくれて何とかなった」ではなく、「大変だったけれど、周囲の協力も得ながら自力でやり遂げた」とすることが、結果として部下本人の自信と成長にもなるのです。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等約40冊。最新刊は『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)。