「何事も気の持ちよう」と日本ではよく言われてきたが、欧米の最新の心理学研究がそれを科学的に裏付けたという。
本書「ポジティブ・シフト」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、心理学が明かす幸福・健康・長寿につながる心の持ち方について解説した本だ。
「ポジティブ・シフト」(キャサリン・A・アンダーソン著、本多明生訳)ディスカヴァー・トゥエンティワン
著者のキャサリン・A・アンダーソンさんは、米・アマースト大学マンウェル・ファミリー生命科学(心理学教授)。プリンストン大学で心理学の修士と博士の学位を取得。プリンストン・レビュー誌において、全米トップ300の教授の一人に選ばれた。訳者の本多明生さんは静岡理工科大学情報学部准教授。
フェイスブックに時間を費やすことが、なぜ気分に悪影響?
冒頭、最新の「ポジティブ心理学」がもたらした研究成果の一端を披露している。
・フェイスブックに時間を費やすと悲しい気持ちや寂しい気持ちになる。
・高額だが有名な医薬品は、たとえ同じ成分であったとしても、ジェネリック医薬品と比べて鎮痛効果が高い。
・携帯電話をテーブルの上に置くと会話の質が低下する。
・窓から自然を眺めることができる病室は、そうではない病室と比べて、患者の手術後の回復が早い。
・老化について前向きな人は、そうではない人と比べて、7年半も長生きすることができる。
たとえば、フェイスブックに時間を費やすことがなぜ気分に悪影響なのか、説明している。
それは、自分の生活と他の人の生活を比較してしまうからだ。
ほとんどの人は自分の生活の良い部分だけをソーシャルメディアに投稿する。その結果、自分の生活が他の人に比べて、同じようにつり合っている、とは思えなくなるのだ。
ポジティブな思考の枠組みを身につけるには?
マインドセットという概念が本書のキーワードだ。
マインドセットには自分の能力、特性、特徴に対する自己認識が含まれる。たとえば、「自分は楽観的なのか? 数学が得意なのか、それとも苦手なのか? 人付き合いが好きなのか、それとも内向的なのか?」といったことだ。
重要なのは、マインドセットとは、これらの属性が時間の経過とともに変化する可能性について、私たちが身につけている信念のことだという。固定型なのか、成長型なのかによって影響を受けるというのだ。
さらに、マインドセットは変えられるという。時間と労力をかければ、成長型マインドセットへと移行して、人生のほぼすべての側面におけるポジティブな思考の枠組みを身につけることができる。
第2章では、マインドセットについて、さらに深く掘り下げている。
幸福感を高めるために比較的簡単にできることの一つは、日常生活で直面する問題を、悪い点ではなく、良い点に注目して捉えなおす、という方法だ。
たとえば、昇進が見送られたら、「今こそ、履歴書に磨きをかけ、もっと充実したキャリアの選択肢を模索する絶好の機会」と考える。
米マサチューセッツ州での5000人以上が参加した研究では、30年間のデータから幸福感が伝染することがわかったという。ハッピーな人に囲まれている人は、時間の経過とともに幸福感が上昇することが示されたという。
一方、ネガティブな体験が社会的なネットワークの中で拡散していくことを明らかにした研究もあるそうだ。環境やトラウマとの関連についても詳しく述べている。
行動から、マインドセットを変える
第3章ではいよいよマインドセットを変える方法を解説している。
十分な睡眠をとる、小説を読む、瞑想をする、といったシンプルな行動様式を身につけることで、幸福感を高め、身体的な健康を改善し、寿命を延ばすことができる、と説いている。
奇異に思われるかもしれないが、「行動」にはセックスも含まれている。1万6000人の性行為と幸福感の自己申告データを調べた研究を紹介し、セックスは幸福感の強力な(そしてポジティブな)予測要因であることが明らかになったという。
月に2~3回セックスすると答えた回答者は、過去12カ月に全くセックスしないと答えた人よりも幸福感が33%高いことがわかったそうだ。
自然環境も心と身体に良い理由を説明し、米シアトルにあるアマゾン本書では、4万人以上の社員が、木々の間を散歩し、屋内にある小川の流れを眺めて、ブドウの木で覆われた部屋でミーティングしている、と紹介している。
自然が創造性を刺激し、ストレスを減らし、仕事の生産性を向上させることを実証する多くの科学的研究があるからだ。室内の観葉植物にもメリットがある、と勧めている。
お金の賢い使い方にも言及している。お金を増やしても幸福になれない理由を説明したうえで、体験にお金を使うことが幸福感を高めるという。体験は他者と共有する傾向があり、分かち合えるからだ。
中年期のどん底を経た後、幸福感は着実に上昇へ?
「自分はどうしたらいいのだろう?」と悩む読者も、最終章を読めば希望が出てくるだろう。
年齢と幸福感の関係を示すU字型曲線が、これまでに研究が行われた72カ国すべての文化圏で認められたというのだ。つまり、中年期のどん底を経た後、幸福感は生涯を通じて着実に上昇するという。たしかにグラフを見ると、底は男女とも50~53歳だ。
ポジティブ・シンキングを説いたビジネス書、自己啓発書は多いが、本書は心理学の研究成果を踏まえているところに説得力を感じた。(渡辺淳悦)
「ポジティブ・シフト」
キャサリン・A・アンダーソン著、本多明生訳
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2200円(税込)