政府・与党が2023年10月中に取りまとめる経済対策に、「減税」がどこまで盛り込まれるかが焦点になってきた。衆院解散・総選挙が取りざたされるなか、自民党内からは公約の「目玉」として所得税の減税も含めた、積極論が相次いでいる。
しかし、本当に「減税」ができるのか。エコノミストのリポートを読み解くと――。
個人よりも企業に対する減税措置が中心
報道によると、岸田文雄首相は9月25日、5本の柱からなる「経済対策」を発表。記者団に「税収増を国民に適切に還元する」と表明、その後の講演や会議のたびに、「減税」をアピールしている。
しかし、具体的には、特許など知的財産から得られる所得の税優遇措置、税優遇の対象となるストックオプション(株式購入権)の拡充、企業の生産・販売量に応じた法人税の税額控除制度の創設、さらに、赤字で税額控除を受けられない中小企業に新たに控除の繰り越しを認めることなどが検討されていると、報じられている。
つまり、個人よりも企業に対する減税措置が中心にとどまっているのだ。
ところが、自民党幹部からは連日のように「減税」に対する期待の大合唱が起こっている。
世耕弘成参院幹事長は10月3日の会見で「税収の基本は、法人税と所得税だ。減税も当然検討対象になってくる」と踏み込んで発言。茂木敏充幹事長も同日の会見で、「ダイレクトに減税措置などによって国民や企業に還元することもあり得る」とトーンを上げた。
国民の人気取りのバラマキ的な政策
こうした「減税」の流れ、エコノミストはどう見ているのか。
野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏は、リポート「減税が焦点となってきた経済対策:税収の上振れ分を減税で国民に返すべきなのか?」(10月5日付)のなかで、こう指摘する。
「減税議論が高まってきたことで、経済対策は、一段と選挙をにらんだ政治色が強いものとなっている。そして、国民の人気取りのバラマキ的な政策が強まっていると言えるのではないか。
日本経済全体の需給関係を示す需給ギャップ((実際のGDP-潜在GDP)/潜在GDP)は、内閣府の最新の推計値によると2023年4~6月期にプラス0.1%と、2019年7~9月期以来、3年9か月ぶりにプラスに転じた。金額で見れば年率1兆円程度である。
政府・与党は、過去の経済対策で、マイナスの需給ギャップの存在を経済対策が必要であることの根拠としてきた。マイナスの需給ギャップを穴埋めするために、その規模に匹敵する規模の経済対策が必要との議論である。
この議論に照らせば、現時点では、減税などの景気刺激策は必要ないはずである。しかし、大規模な対策を実施することで国民にアピールし、選挙結果に繋げていくことを画策する向きは、大規模経済対策を正当化する根拠を、従来の『需給ギャップ』から、今回は『税収増の還元』へとすり替えている」
需給ギャップとは、簡単に言うと、一国の経済全体の総需要と供給力の差のことで、マイナスになるということはデフレ傾向になるということだ。だから、景気刺激策が必要になるわけだが、現在はプラスに転じ、インフレ傾向になり始めている。
そして、税収増を国民に還元することに対しても、木内氏はこう問題視している。
「近年は、税収が見込みを上回る傾向があることは確かである。2022年度の税収は71.1兆円と当初の見通しよりも6兆円ほど上振れた。
それだからと言って、減税措置や歳出拡大が正当化されるわけではないだろう。国民が享受している政府サービスである歳出額を、国民負担が中心の歳入額が上回っている場合には、取り過ぎた税金を国民に返すという選択肢が出てくる。
しかし、現状は、歳出額が歳入額を大幅に上回り続けており、享受する政府サービスに見合った負担を現在の国民が十分に負っていない状況である。そうしたもとでの税収の上振れは、財政赤字を穴埋めし、新規国債発行を少しでも減らすことに使うのが筋だ」
そして、こう結んでいる。
「中長期的な経済、金融市場、国民生活の安定のためには、政治的思惑を排して、財政規律に十分配慮した形で経済対策を策定することが政府には求められる。財政規律を損ねる形で、政府が国民受けを狙ってバラマキ的な政策に傾くようであれば、国民がそれをしっかりとけん制することが期待される」
所得税・消費税減税の声、挙がる
「『減税』に目新しいものはなく、『減税』というよりは『制度のインフレ調整と表現したほうがいいかもしれない』と指摘するは、第一生命経済研究所主任エコノミストの星野卓也氏だ。
星野氏はリポート「今年の経済対策の注目点~高まる『減税』議論を整理する~」(10月5日付) のなかで、岸田政権の「経済政策」の柱と想定される項目の【図表】を掲載しながらこう説明した。
「9月末の岸田首相の会見内容をみると、(減税に)あまり目新しさはないように思われる。会見で例示したものは、賃上げ税制の減税制度の強化、特許などの所得に対する減税制度の創設、ストックオプションの減税措置の充実の検討。強化・充実という言葉からも明らかなように、賃上げ企業やストックオプショ ンへの減税措置はすでに実施されている。このほか、研究開発減税や設備投資減税なども措置済みだ。
注目しておきたいのは首相会見後に、各所から所得税や消費税の減税を求める声が挙がっていることだ。これまでの措置は設備投資や賃上げなど一定の企業行動にインセンティブを与え、法人税や固定資産税などにおける期間限定の軽減措置として行われてきた。所得税や消費税などが減税対象になれば新しい動きとなる」
ここで星野氏は、所得税や消費税の減税が可能かどうか分析する。
「消費税については『社会保障財源への紐づけ』を背景に、政府はこれまで度々減税に否定的な考えを示しており、実現のハードルは高そうである。所得税も暦年課税であるため、平時のスケジュール感であれば2025年からの減税開始となり、タイミングが遅れることになる。一方、物価高の中で所得税のブラケット・クリープ(インフレによる名目所得の増加で、限界税率が高まること)への対応が必要になっている、という意見もあり、この点については十分な合理性がある」
所得税の課税最低限やブラケット(各税率が適用される年間所得の金額)は名目の金額で固定されているため、物価と賃金が同率で上昇した場合、所得税額はそれ以上の比率で増える。この現象を、ブラケット・クリープと呼ぶ。
現在、物価上昇が実質賃金を上回っているため、所得税が増えることが問題になっており、その是正が急務になっているのだ。そこで、星野氏は、こう結んでいる。
「物価や賃金が上がれば、低所得者/高所得者の線引きも変わっていくため、税率の変化する所得の閾値(いきち/しきいち=境目となる値)を見直す必要があることは確かだ(減税というよりは、制度のインフレ調整と表現したほうがいいかもしれない)。
今回の経済対策で具体的対応が図られるかは不透明だが、次の税制改正大綱で課題として取り上げられるなど、将来の改正を示唆する形になる可能性は十分あろう」
(福田和郎)