あなたは最近、仕事を「面白がって」いるだろうか――。
これは、とある元お笑い芸人で、現在は人事系コンサルタントとして、笑いのメカニズムを利用した人材育成、芸人の転職支援などで手腕を発揮する男の、世の中に対する真摯な問いかけである。そして、その人は職場に笑いを持ち込むことで、生産性が上がると世の中に提唱しているのだ。
その人は、コンサルティング会社「株式会社 俺」、代表取締役の中北朋宏さんだ。2023年9月に発売された『神雑談力』(東洋経済新報社)が話題になっている。中北さんは大学中退後にお笑い芸人としてデビューするも27歳の時にお笑い芸人から、人事コンサルティング会社の社員に転身。その後、2018年に独立して、現在に至る。
「株式会社 俺」では、人と人との関係性のベースとなる「心理的安全性」を育むコミュニケーション術「コメディケーション」の研修と、お笑い芸人専門の転職サービス「芸人ネクスト」を運営している。
『神雑談力』では、中北さんが開発したコメディケーションの実践方法がまとめられているところが読みどころだ。今回、J-CAST 会社ウォッチ編集部は、「コメディケーションとは何か」を探るべく、中北さんに話を聞いた。
日本の職場で「上司が部下を叱れない」という状況が多発
インタビュー序盤は、同社が企業向けに展開するコメディケーションの研修の内容について質問した。これに対し、中北さんは自らの経歴を交えつつ研修内容を説明した。
――中北さんはお笑いの次に、人事系コンサルティング会社の営業として活躍されたそうですが、これを選んだのはやはり、お笑い芸人仕込みのコミュニケーション力が生かせるとの思いがあったからなのでしょうか。
中北朋宏さん いや、全然そうではなくて......。そもそも、「芸人から就職する」と考えたのは、お笑い芸人を引退してからでした。それこそ、スーツを着ていたのはコントや漫才の時だけという状況でしたので、「会社員」というものとは縁が遠かったですね。そんな、社会人としては「空っぽ」の状態で就職活動を始めた際に、「コンサル」という名前、職業には惹かれるものがありました。かっこいいじゃないですか。
――そういうことなんですね。会社に入られてからはどのような業務をなさっていたんでしょうか。
中北さん 営業が中心でした。企業に対してアポを取って受注して、コンサルタントとして、その企業の中に入っていくということをしていました。2年目は、営業事務という後方支援的な仕事も経験しました。3年目は再び営業に戻り、成績は一転してナンバー1を獲得。4年目には、中小企業向けの案件でナンバー1を獲得しました。そして、5年目は「トレーニングマネージャー」という、後輩たちを教えていく業務を担当しました。
――そうした経験は、「株式会社 俺」で独立した時にも役立っているのでしょうね。御社は「コメディケーションの研修」と「芸人ネクスト」の2本立てで事業を行っていらっしゃいますが、まず、コメディケーションの研修内容についてお教えください。
中北さん 研修には3つのカテゴリーがありまして、1つ目が「関係構築」。これは、組織風土の改革に用います。たとえば、今、上司と部下の信頼関係がうまく構築できていない会社があったとして、その会社の信頼関係の構築を促進するための研修を行っています。具体的には、上司と部下の信頼関係を再編すべく、「関係開始」「関係継続」「関係深耕」の3つのフェーズに分類して研修を行っています。
――そういうことなんですね。2つ目以降についてもお教えください。
中北さん 2つ目として、「階層別研修」というものがあります。階層別研修には管理職向けと部下向けの研修がありまして、管理職向けのものは部下の「叱り方」についての研修です。
――管理職向けの研修はどのような内容なのでしょうか。
中北さん 近年、「上司が部下を叱れない」という状況がけっこうあります。端的に言うと、すぐに「パワハラだ!」との指摘が部下から上がってしまうということです。この状況を改善すべく、研修では、いかに信頼関係を構築して叱れるようになるかなども教えています。一方、管理職だけが頑張っても、信頼関係は構築できません。そこで、部下向けの研修として「可愛がられる力」をつける研修を行っています。
――「可愛がられる力」なんて、ユニークですね。3つ目は何でしょうか。
中北さん 「新規事業系」ですね。こちらは新規アイデアの創出方法などを教えています。
コメディケーションとは「事象の見方を変えると、面白がれるということを教えること」
研修内容に続き、編集部はコメディケーションなるものの本質に迫った。中北さんは日本の会社に欠けていることについて話してくれた。
――「コメディケーション」とは、なんでしょうか?
中北さん 「コメディー×コミュニケーション」ということで、笑いを活用した企業研修といえるでしょうか。うーん。厳密に「これが何なのか」に答えることは難しかったりもするのですが......さきほど申し上げた「関係開始」「関係継続」「関係深耕」の3つにかかわる話術すべてが「コメディケーション」と言えます。あるいは、この3つに分類されない笑いのメカニズムを意識した雑談もまた、「コメディケーション」。ただ、共通するのは「世の中を面白おかしく」というコンセプトかと思います。
――つまり、「世の中を面白がるための話術の総称」ということでしょうか。
中北さん さきほどお話のように、私はお笑い芸人を辞めた後は、サラリーマンになりました。これって、ようは「ボケなければいけない世界」から「ボケてはいけない世界」に転職したわけでして、実はかなりのカルチャーショックでした。
お笑いの世界にいた自分としては、やはり、仕事の中に「笑い」があった方が働きやすいと考えています。会社員となった当初はとくに、「なぜ真面目なことを真面目なままやるのか?」といった疑問を持たずにはいられませんでしたね。
――まさに、お笑い芸人ならではの発想ですね。
中北さん やっぱり、笑いがあった方が仕事の生産性って上がるんですよ。それは、サラリーマンの世界に限らずお笑いの世界でも同じ。ネタを書いている本人が笑いながら書いたネタと、そうでないネタとでは、作品として前者のほうが面白くなるのは一目瞭然なんです。となれば、サラリーマンの世界でも、企画書を書くときに手ごたえを感じつつ、ニッコリしながら書いた企画書の方が通りやすいのではないでしょうか。でも、日本の会社は職場に笑顔がないことが多いような気がします。
――と、いいますと?
中北さん 私は人事コンサルタントとして、今までに200を超える企業を見てきましたが、会社によってはフロアに陣取る上司の方が笑顔1つ見せないという、暗い職場もありました。その光景を見た時には、「この人は、そもそも、なぜここにいるの?」と思ったものです。
――そんな職場が......そこで働くのはつらそうですね。
中北さん 笑顔がない職場を見て、「もっと楽しく働かないのはなぜなんだろう?」という思いを深めました。しかも、そういう会社に限って、仕事中の暗さからは想像もできない、タガが外れたバカ笑いがあふれる飲み会だったという例は少なくありません。すると、「この人たちは、何のために働いているんだろう?」とすら思ってしまいます。もっと仕事を面白がってほしいものですよね。
――仕事を面白がる?
中北さん 人生で発生する事象って、どんなものでも面白がれると私は思うんです。たとえば、お笑い芸人は財布を落とすと「良かった!」と面白がります。また、交際相手に振られた場合は、「もっと残酷な振られ方をしたかった......」と、やはり面白がります。
――さすがはお笑い芸人さん、といった反応ですね。
中北さん ようは、どちらも「話のネタになる」からです。ゆえに、お笑い芸人のようにネタ話を披露する機会がない一般の方が、こんな反応をしたらさすがに、あやしがられてしまうと思いますが、何が言いたいかというと、「人生とは見方さえ変えればどんな事象でも面白がれる」んです。
となれば、仕事だって面白がれるし、だったら、面白がりながらやった方がいい、と私は思うんです。そうすると、人生が大きく変わっていくのではないでしょうか。コメディケーションとは「事象の見方を変えると、面白がれるということを教えること」といえるかもしれませんね。
人生においてほとんどの人は「あなたに必要ない人」
コメディケーションについて理解が深まったところで、今度は中北さんの著書『神雑談力』について聞いてみた。
――コメディケーションの手法をまとめた「神雑談力」の最大のテーマは何でしょうか?
中北さん 「破滅思考」に陥るのを、いかにして避けるかということです。
――「破滅思考」とは何でしょうか?
中北さん 世の人々の多くは、「人から嫌われたくない」といった思いが原因で「好きでもない人」「関わらなくても良い人」に対して、無自覚にムダな時間をかけてしまっているように見受けられます。その結果、本来なら悩まなくていいことで時間を奪われ心が疲弊し、最悪の場合はメンタルがやられてしまう......これが「破滅思考」です。
――ずいぶん、自滅的な思考ですね。
中北さん これが解消されれば、世の中はもっと幸せになるのではないでしょうか。それに関連してもう1つ、「人間関係の断捨離」をもっと意識すれば、やはり、今よりも幸せになれるでしょう。
人類学者のロビン・ダンバーによれば、人間が関係を構築できる人数は最大で150人程度であり、無限に拡大できるものではないというのが通説となっています。ダンバー数と呼ばれています。なので、自分にとって必要ない人は、やはり切り離していった方が合理的です。
――人間関係の断捨離、ですか。
中北さん そうです。文字通り、「人生においてほとんどの人はあなたに必要ない人」であることに気づくべきなのです。たとえば、ご自身の人生を振り返ってみて、自分に利益をもたらすように思える――それこそ、お金持ちに近づいてみて、何かいいことはあったでしょうか......。おそらく、そんなことはほとんど起きていないはずです。それは当たり前のことで、近寄られた側はすぐにその下心に気づくからです。
――たしかに、近寄られた側からすれば迷惑でしかないですよね。
中北さん ゆえに、やはり、ほとんどの人はあなたに必要ない人だといえそうです。そんなことをするよりも、「自分を大切にしてくれる人を大切にしていく」ということをやるべき。だからこそ、それ以外の関係は断捨離することをおススメします。
――当たり前のことを当たり前に、ということですね。
「芸人ネクストとのシナジーを狙って芸人専門の芸能事務所を設立しようと考えています」
2018年に設立した「株式会社 俺」の求人ページには、「当たり前な話ですが、このフェーズの企業に入社することはそれ相応のリスクが伴います」とあり、同社がスタートアップ企業であることが明記されている。これは、どういうことか。インタビュー終盤は、同社の今後についての話題となった。
――今後、御社をスケールさせる人材と出会うために心がけていらっしゃることは何でしょうか。
中北さん 実はいま、ありがたいことに、弊社への応募はかなりの数が集まっています。一緒に働く人と出会ううえで、重要な点は2つあると考えています。1つ目として「万人受けしない、かつ、特定の人にこれでもかと刺さるビジョンを持ち、それを言葉として発することができる人」は求めていますね。万人受けを狙ったものって、実は、誰にも刺さらないと思うんですよ。作詞家の秋元康さんの言葉を借りて言うなら、「記憶に残る幕の内弁当はない」ということになるでしょうか。
――なるほど!
中北さん もう1つは「中北を好きであること」ですね(笑)。ある意味、中長期的に見た場合、私自身を好きでいてくれる方が、私に対してきちんとコミットメントしてくれると思うからです。
――たしかに、その可能性は高そうです。
中北さん ちなみに、うちの社員の一人などは「今日、何時まで働くの?」と聞くと、「力尽きるまでです!」とボケてくれるんです。もちろん、こちらとしては当然ながら、「そんなに働かなくていいよ!」と返すのですが、こう言ってくれるということは、やはり、私や仕事や会社が好きでなければできないと思うんですよ。なので、そういう人と一緒に働きたいと思っています。
――最後に、会社の今後の展望をお教えください。
中北さん 2030年までに会社の規模を大きくしていきたいと考えています。具体的な年商でもかなり高い目標を掲げ、経営面でもさまざまな手を打ちたい。また、「芸人ネクスト」とのシナジーを狙って、芸人専門の芸能事務所を設立したいと考えています。その布石として、今年の10月下旬にはお笑いのライブイベントを開催する予定です。さらに、芸能界以外の「好きなことで食える」的なジャンルとして、オンライン上でのアプローチも進めていきたいと思います。
――夢が膨らみますね。お話、ありがとうございました。気持ちよく働けるよう、私も本書を読んで、「神雑談力」を身に着けていきたいと思います!
(構成/J-CAST会社ウォッチ編集部 坂下朋永)