衆院解散・総選挙に向けた布石なのか、それとも「汚名払拭」を狙ったのか――。
岸田文雄首相が打ち出した経済対策をめぐって、永田町や霞が関に疑心暗鬼が広がっている。
岸田首相は2023年9月25日夕、首相官邸でぶら下がり取材に応じ、「物価高で苦しむ国民に成長の成果を還元する」と述べ、10月中に新たな経済対策を取りまとめると表明した。
経済対策の策定自体は政府・与党の規定路線といえる動きだったが、関係者をざわつかせたのは、ぶら下がり取材で言及があった具体策の中身だ。
首相は個人消費や企業の設備投資を促す手段として税負担の軽減など「減税」の実施を強調してみせたのだ。
驚いたのは与党側だ。ある自民党幹部は首相発言を聞き「経済対策に減税策を盛り込むなんて聞いていないぞ」と声を張り上げたほどだ。
首相の狙いはどこにあるのか。
野党、減税策は解散・総選挙に向けた「争点潰し」と警戒...くすぶり続ける年内解散の可能性
野党が警戒するのは、解散・総選挙に向けた動きだ。
首相は秋の臨時国会に経済対策の財源となる補正予算案を提出すると明言した。これで臨時国会での冒頭解散の線は消えたが、「補正予算の成立後、ただちに解散に打って出る可能性は十分にある」(立憲民主党幹部)と年内解散の可能性はくすぶり続ける。
この状況に、自民党内で解散風をあおり続けている森山裕総務会長が動いた。森山氏は10月1日に北海道北見市で講演し、経済対策に減税策が盛り込まれるのであれば、国民の審判をあおぐため衆院を解散する大義になり得ると強調してみせた。
政府・与党にとって、経済対策を手土産に解散に打って出るのは定石の一つ。
解散に備え準備を進める野党側は、経済対策が争点になると想定し、所得減税の実施など減税策を目玉にしたい考えだった。
首相が減税策を打ち出したことで、野党は戦略の見直しを迫られることになる。減税策が「争点潰しだ」と言われるのはこのためだ。
「増税」イメージ払拭したい「首相の強い思い」説 就任当初から「財務省の代弁者」と揶揄され...
まったく別の見方もある。
「減税策の実施は解散・総選挙に向けた戦略というより、首相の強い思いがあった」
こう解説するのは官邸に近い関係者だ。
首相が率いる自民党の派閥「宏池会」は歴代、池田勇人、大平正芳、宮沢喜一ら大蔵(現・財務)省出身者を首相に送り出してきた歴史がある。
この流れを引き継ぐ岸田首相も就任当初から「財務省の代弁者」と揶揄されてきた。今から1年前、防衛費拡充めぐる財源確保策として増税案が浮上すると、SNSを中心に「岸田政権は増税政権だ」とのレッテル貼りが横行した。
岸田首相はこれを個人的にかなり気にしていたようだ。23年8月にメガネ姿の首相をからかった「増税メガネ」という言葉がSNSでトレンドワード入りした。これに首相が怒り、周囲に不満をぶちまけたとの報道もある。
新たな経済対策であえて減税に触れたのは、「増税」のイメージを払拭したい思いがある――そんな見方も根強い。
周囲は冷めた空気 自民閣僚経験者が指摘「使い古された手法。政治離れに拍車をかけるだけ」とたしなめるが...
首相の真意はともかく、政権が今回の経済対策、減税策を低迷する支持率回復の起爆剤と位置づけているのは間違いない。
しかし、周囲には冷めた空気が広がっている。
自民党の閣僚経験者は、政権をこうたしなめる。
「最近の経済対策が最初から規模ありきで、実効性がほとんどないことを国民は見抜いている。財政規律を無視して減税策を強調するという使い古された手法は、かえって国民の政治離れに拍車をかけるだけだ」
就任当初、「聞く力」をアピールした首相に、耳の痛い諫言は届くのか。(ジャーナリスト 白井俊郎)