「1ドル=150円」を試すかのように、円安がジワリジワリと進んでいる。
2023年9月28~29日、東京金融市場では株式と円、国債が売られる「トリプル安」の様相となった。米国の金融引締めが長期化するとの観測から、円安が連日進んでいる。
鈴木俊一財務大臣の「過度な変動には、あらゆる選択肢で対応する」との「口先介入」も効果がないようだ。政府・日本銀行の為替介入はあるのか。エコノミストの分析を読み解くと――。
岸田首相が、物価高対策で円安阻止の姿勢をアピールするために?
果たして為替介入はあるのか。エコノミストはどう見ているのだろうか。
「物価高対策のため円安阻止の姿勢を国民にアピールする観点からも、岸田文雄首相は早晩、為替介入に踏み切るだろう」と予想するのは野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
ただし、木内氏はリポート「1ドル150円の防衛ラインが目前に:1ドル150円台半ばが円安のピークか」(9月27日付)のなかで、それにはいくつかハードルがあると指摘する。整理してまとめると、主に次の3点だ。
(1)最大の制約は、米国政府の意向だ。イエレン米財務長官は最近も、為替介入は特定の水準や方向に誘導するために実施されることは認められず、それが許されるのは、市場の投機的な行動によって過度な変動が生じる場合のみである、との発言をしている。
(2)現状のように、かなり緩やかに円安が進行する場合には、為替介入実施のきっかけをなかなか見出しにくい。
(3)また、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げが最終局面にあり、今後の円安進行がさらに進むのか、そのペースが不確実。
――などの点だ。
まだ、政府と日銀がタッグを組んだ「口先介入」の効果あり?
そこで、木内氏はこう予測する。
「防衛ラインの1ドル150円が目前に迫る中、政府は、為替介入を実施するタイミングを見計らっている段階だろう。
為替介入の条件は、東京市場で1日1円を大きく超える円安進行が生じることではないかと考えられる。昨年9月に為替介入を開始した際には、こうした条件が満たされていた」
ところで、為替替介入をしなくてすむ方法があるという。今年7月に、日本銀行はイールドカーブ・コントロール(YCC)の運用の柔軟化を決めたことで、為替市場に影響を与える手段を持てるようになった。
木内氏はこう結んでいる。
「日本銀行は、金融市場で政策修正への期待を高めるような口先介入を実施する、あるいは国債買い入れ額を抑えることで長期金利の上昇を促し、円安をけん制することもできる。
ドル円レートは主に米国側の要因によって決まり、現時点ではそれらに不確実性が高いとはいえ、こうした点を踏まえると、1ドル150円台半ばが円安進行のピークになるものと現状では見ておきたい」
つまり、政府とタッグを組んだ「口先介入」の手段が、現時点ではまだ使える可能性があるというわけだ。
昨年の為替介入の成功は、その後の日銀政策修正にあり
一方、「1ドル=150円前後で政府の為替介入がある」と予測するのは、第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏だ。
ただし、熊野氏はリポート「1ドル=150円を超え、先のストーリー~為替介入の発動後を読む~」(9月27日付)のなかで、ドル円レートの推移のグラフ【図表】を示しながら、むしろ為替介入発動後の日本銀行の政策変更の分析に力を注いでいる。
なぜなら、昨年10月の為替介入が成功し、1ドル=151円台だったドル円相場を12月中旬に130円近くまで戻したのは、為替介入後に行なった、長期金利の変動幅を上下0.5%まで広げた政策修正の効果があったからだ。
つまり、為替介入をしただけではダメ。その後、日本銀行が「出口戦略」の政策修正を行なえるかどうかが、円安阻止のポイントになる。
その際、カギを握るのが、岸田文雄首相が打って出る解散総選挙の時期だという。解散のタイミングが、日本銀行の出口戦略の縛りになるからだ。
解散総選挙が年内にあるかどうか、日銀を縛る2つのシナリオ
日本銀行は、金融市場にショックを与えないために、事前に政策修正のアナウンスをする必要があるが、その時期を熊野氏はこう説明する。
「植田総裁は、賃金に言及することが多くなっている。来年の春闘が政策変更の重要な要因になっていることは明らかだ。
では、日銀は3月あるいは4月の緩和解除をどのくらいの時期からアナウンスしていくのだろうか。これが円高への修正の起点になると考えられる。早ければ 12月会合(12月18・19日)だとみられるが、1月会合(1月22・23日)の可能性もある」
「実は、隠れた要因には、衆議院の解散総選挙がある。もしも、2023年内に解散があれば、日銀は2024年に入ってフリーハンドでアナウンスを決められるだろう。しかし、2023年の解散がなく、2024年前半にその可能性がくすぶっていると、3・4月のマイナス金利解除は難しいのではないか」
そして、2023年内に解散総選挙がある場合と、ない場合をこう予測する。
「年内総選挙の場合、1ドル150円が円安のピークになり、日銀が2024年初から出口戦略に着手して、1ドル120~130円の円高水準で推移するだろう。
逆に、解散総選挙が年内にない場合、2024年9月の岸田首相の自民党総裁任期までのどこかに解散が後ずれする。もしも、この解散のタイミングが日銀の出口戦略の縛りになれば、2024年1~3月は再び150円に向けてじわじわと円安になるだろう」
いずれにしろ、岸田首相次第というわけだが、「第3のシナリオ」がある。米経済の行方だ。熊野氏はこう結んでいる。
「そのほかの焦点は米経済である。米利上げが長期化すると、2024年中のどこかで景気がスローダウンし、長期金利は低下するだろう。これはドル安・高圧力になる。
こうした景気減速感が鮮明になれば、解散総選挙を意識して日銀が緩和を現状維持していたとしても、円安圧力は後退していく。いずれにしても、1ドル150円台前半は円安のピークになり、解散総選挙の思惑によって日銀の出口戦略も変わっていくというのが今後のストーリー展開になるだろう」
(福田和郎)