岸田文雄首相は2023年9月25日、物価対策を中心とする5本柱の「経済対策」を打ち出した。
10月中には与党・政府内で取りまとめ、補正予算案として国会に提出する。しかし、幅広い項目が並び、再び借金である国債発行に頼るのは必至で、財政がさらに悪化する恐れがある。
本当に物価対策ができるのか。「もの言うエコノミスト」たちが岸田首相に提言する。
補助金政策は、高所得者ほど恩恵に預かり不公平
報道をまとめると、岸田文雄首相は9月25日夜、首相官邸で記者会見を行ない、「経済対策」の柱として次の5項目を示した。
(1)物価高から国民生活を守る。
(2)持続的な賃上げと、所得向上と地方の成長を促す。
(3)成長力につながる国内投資を促進する。
(4)人口減少を乗り越え、変化を力にする社会変革を進める。
(5)国土強靭(きょうじん)化など、国民の安全・安心を図る。
このうち、岸田首相が最も重視しているのが、トップに掲げた「物価対策」だ。
日本経済新聞社が9月13日~14日に実施した緊急世論調査でも、首相に優先してほしい課題のダントツ1位が「物価対策」であり、回答比率は42%に達した。
岸田政権はすでに、2023年9月末までとしていた激変緩和措置(電気代、都市ガス代、ガソリン、灯油などの価格抑制策)を年末まで延長することを決めている。ガソリン元売りへの補助金の延長など、補助金を使った物価対策を今後も続けるつもりなのだ。
これに対して、「補助金政策は高所得者ほど恩恵に預かるため、不公平だ」と批判するのは、ニッセイ基礎研究所経済調査部長の斎藤太郎氏だ。
斎藤氏はリポート「補助金政策の問題点~高所得者ほど負担軽減額が大きくなる~」(9月20日付)のなかで、補助金を使った政府の対策は、物価高による家計の負担を和らげる効果がある一方で、次のようにさまざまな不公平の問題が生じると指摘する。整理すると、下記のようになる。
(1)石油産業には補助金は出るが、食品産業は放置されるといった、特定産業だけが救済されるという不公平。
(2)家計の立場から考えると、特定の品目に補助金を投入すると、それを使う人と使わない人の間に生じる不公平。たとえば、日常的に自動車に乗る人はガソリン補助金による負担軽減額が大きくなるが、自動車を使わない人にはまったく恩恵がない。
(3)エネルギー関連の補助金では、所得が多い世帯ほど電気代、都市ガス代、ガソリン代などの支出が増える一方、補助率は一定なので、結果的に高所得者ほど恩恵をこうむる額が増える。
【図表1】は、補助金によって生じる、所得階級別のエネルギー関連負担軽減額を表わしたグラフだ。これを見ると、最も所得が高い「第5階級」(年間平均収入1207万円)は半年間で4万8000円軽減されているのに、最も所得が低い「第1階級」(同259万円)は3万4000円と、「第5階級」より1万4000円も少なかった。
こうしたことから斎藤氏は、こう提言している。
「現在行われている補助金政策には、高所得者ほどその恩恵が大きくなるという問題がある。今回の物価上昇局面では、食料品の伸びが特に高く、その支出割合が高い低所得者層により厳しいものとなっている。
こうした状況への対応として、補助金政策は必ずしもふさわしいとは言えない。低所得者層により手厚い支援が可能な、所得制限付きの給付金支給のほうが適切な政策と考えられる」
許可が下りた原発の早期再稼働で、抜本的なエネルギー対策を!
さて、延長された「激変緩和措置」は来年(2024年1月)には切れることになっている。現在、原油価格が高騰しており、その後はいったいどうなるのか。
許可が降りている原子力発電所の早期再稼働を始めるなど、根本的なエネルギー対策を急ぐべきだ、と指摘するのは、第一生命経済研究所の首席エコノミストの永濱利廣氏だ。
永濱氏はリポート「出口を見据える物価高対策延長~今冬はエネルギー負担大幅増の可能性~」(9月25日)のなかで、3か月~7か月先行する原油先物や輸入天然ガス価格が高騰しているグラフ【図表2】を示しながら、こう説明する。
「激変緩和措置が切れる2024年1月の電気・ガス料金は、まさに足元で上昇している。2022年8~10月の輸入化石燃料価格が基準となる。そして、足元の原油価格は産油国の減産に前向きの姿勢などにより、水準をあげている。
こうしたことからすれば、激変緩和措置が切れる年明け以降はさらに電気・ガス料金に押上げ圧力がかかり、制度が切れる年明け以降は急速に電気・ガス料金の負担が増加することになりかねない」
では、どうすればよいのか。永濱氏はこう提案する。
「年明け以降の経済状況次第では、(激変緩和措置の)さらなる延長もしくは負担軽減額の拡充が必要であり、本当の意味で電気・ガス料金の負担軽減の効果を期待するのであれば、それは許可が下りている原発の早期再稼働や、省エネ関連の投資促進などによって、どの程度エネルギー効率が高まるかにかかっているといえよう」
チェックが甘い「補正予算頼み」は、ますます経済を悪化させる?
一方、岸田政権の物価対策を柱とする「経済対策」を、補正予算で実施することに疑問を投げかけるのが、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏はリポート「岸田首相が経済対策の方針を表明へ」(9月25日)の中で、補正予算は本来緊急時に限るべきだとして、こう主張する。
「(政府の経済対策には)日本経済の潜在力向上に資する重要な施策も含まれるが、それらを補正予算で実施する必要性、緊急性に乏しいものも少なくない。本来補正予算による財政支出は、本予算編成時に想定できなかった環境の変化に対応するための緊急措置である。
他方で、補正予算は本予算ほどには国会、国民のチェック機能が働かないという問題もある。毎回のことではあるが、補正予算での経済対策が常態化しているのは大いに問題である。さらに、それが国債発行で賄われ、財政環境を一段と悪化させ、経済の潜在力を損ねることになっている」
そして、こう結んでいる。
「補正予算を伴う今回の経済対策は、過去にないほどに多様な内容を含むものとなりそうだ。そこには、大規模対策となることが『選挙対策のバラマキ』との批判を覆い隠す狙いも感じられる。
いたずらに規模の大きな経済対策に膨れ上がらせることを避け、緊急性がある政策にしっかりと絞り込み、政治色を排し、国民生活の安定に資する経済対策となるよう、しっかりと議論されていくことが強く望まれる」
(福田和郎)