1on1のテクニックだけでは進まない! 500ページの「発奮・スタンスセオリー」で上司力を徹底強化/NTTコミュニケーションズ【人を活かす先進企業に学ぶ 第1回(1)】(前川孝雄)

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   「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~人を活かす先進企業に学ぶ」では、「上司力(R)」提唱の第一人者、FeelWorksの前川孝雄さんが、ユニークな取り組みをしている企業を訪問。経営者や人事責任者への対談インタビューを通して、これからの人材育成のあり方について考えていきます。

   第1回は、NTTコミュニケーションズ株式会社を訪問しました。

  • 写真左から、大原侑也さん、浅井公一さん、前川孝雄
    写真左から、大原侑也さん、浅井公一さん、前川孝雄
  • 写真左から、大原侑也さん、浅井公一さん、前川孝雄

「スペシャリスト・グレード制度」導入で、プロ人材育成を強化

NTTコミュニケーションズ株式会社は、NTT(日本電信電話株式会社)のグループ企業として、1999年にNTT東日本、NTT西日本とともに設立。現在約9300人(2023年7月時点)の社員を擁し、国内電気通信事業における県間通話サービス、国際通信事業、ソリューション事業などを展開しています。
同社では、社員の育成とキャリア支援を進めるために、現場管理職と人事担当部署が活用できる500ページに及ぶ実践手引書「発奮・スタンスセオリー」(以下「セオリー」)を開発。このうち「マネジャー版」は約2000人の管理職がいつでも閲覧できる専用サイトにアップし、頼れるマネジメント支援ツールとして活用されています。
本インタビューでは、同社のヒューマンリソース部で、「セオリー」の活用促進を担当するお二人から、同社の人材育成方針や「セオリー」の作成経緯と概要、社員育成に及ぼした成果、さらに今後求められる人材育成のあり方や期待される企業像、上司像などについて深くお話を伺いました。

●《お話し》大原 侑也さん(NTTコミュニケーションズ株式会社 ヒューマンリソース部 人材・組織開発部門 部門長)/浅井 公一さん(NTTコミュニケーションズ株式会社 ヒューマンリソース部 人材・組織開発部門 キャリアコンサルティング・ディレクター)
●《聴き手》前川 孝雄(株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師)

前川孝雄 御社では「発奮・スタンスセオリー」(以下「セオリー」)という500ページにも上る管理職や人事部署向けの支援ツールを開発されました。これによって、上司が部下一人ひとりの主体性と意欲を引き出し、キャリア自律を支援することを促そうとするもの。個人と組織の新しい関係性を生み出す取り組みとして、強い関心を抱きました。
 本日は、ぜひ「セオリー」作成に至るまでの詳しい経緯とその効果について、存分にお聞きしたいと思います。まず「セオリー」作成などの背景にある、御社の人材育成方針について伺います。

大原 侑也さん NTTグループ全体では、いち早くジョブ型人事制度へと切り替えを進めてきました。従来型の全員一律のジョブローテーションによる育成ではなく、スペシャリストとしての個々の専門性をいかに高めていくかを重視した人材育成方針に大きく舵を切っています。
 また、今年度から、「SG(スペシャリスト・グレード)制度」を導入しました。専門性が高い人はその道で腕を磨き、グレードが上がれば、管理職と同等の給与が得られる制度です。組織推薦と自己推薦が可能であり、全社員にチャレンジの機会はあります。
 限られたマネジャーのポストに就けない優秀な人を適切に評価、登用する術がなかった点が、SG制度によって解消されたのです。

離職者のカムバックも、積極的に受け入れる

前川 NTTグループでは、大きな組織再編も進んでいますね。御社の人事制度改革の背景には、そうした環境変化に対する経営サイドの課題意識や危機感があるのでしょうか?

大原さん それも大きいですね。
 社員にとって魅力ある職場であり続けるにはどうあるべきか、考えています。弊社は他社に比べ、離職率は高くない方だと思いますが、社員の処遇面とやりたいことが合致しなければ、今後は定着も難しいでしょう。
 人材流動化の時代ですから、転職じたいは致し方ない。ただ、一度離職した社員が、また何年か後に希望すればカムバックできることにも取り組んでいます。

前川 カムバックと「さらり」と仰いましたが、それは伝統的な日本の大企業である御社にとって、かなりの方針転換ではないのですか?

浅井 公一さん これまでカムバック可能な仕組みは、出産・育児か配偶者の海外転勤など、事由が限定的でした。しかし、今はもう時代が違うだろう、ということです。
大原さん 若手や中堅の退職者には、その後も定期的に連絡してよいか意向を聴いています。OKなら、退職者の集いなどに誘い、互いの近況報告や情報交換を行います。そのなかで、また戻ってきたいと考える者も出てきて、その場合には積極的に受け入れています。

前川 退職者のアルムナイネットワークをつくり、カムバック社員の受け入れを仕組み化されているのですね。
 今や多くの企業が、若手の早期離職に悩んでいます。私は十数年間、大学でキャリアデザインの正規授業を持っていますが、今の学生たちは必ずしも大企業に就職できたら安心とは考えていません。優秀層ほど、就職後も自分がその会社で成長できるか、労働市場で評価されるキャリア形成が可能か、考えながら働いている。
 ですから、企業側も自社にただ囲い込もうとせず、若手が一度離職し他社も経験してみて、あらためて御社の良さが分かれば戻れるというのは、とても合理的ですね。

一人ひとりの社員が、自分の将来をプロデュースできる会社をめざす

前川 御社は早期離職は多くないとのことですが、社員のキャリア自律を奨励していくと、個人の進みたいベクトルと会社の向かうベクトルにズレが生じ、離職につながるケースも出てきます。このような課題には、どう対応していかれますか?

大原さん 会社として、人材マッチングのためのプラットフォームをつくりたいと考えています。
 まず社員の持っているスキルを可視化して、自社が今持っている人的資本のポートフォリオをつくる。一方で、会社の戦略として求める人材のポーフォリオをつくる。すると、そこにギャップが生まれます。
 そこで、まず社員のリスキリングでギャップを埋めることを考える。どうしても短期に人材が必要なら、中途採用でいく。また、数年待てる課題には、新卒のポテンシャル採用で採った若手育成で対応する。そうした対応の循環を回したいと思っています。
浅井さん 人材マッチングとは、需要と供給を一致させることです。
 私の仕事は、社員が望む自分のキャリアの方向に行くための確率を上げる作業であり、どうしたらそこへ行けるかを助けることです。自分が行きたい部署が求めるスペックを上回るスキルを身に着けておけば、その部署はその社員を放っておきません。特に、若手にはそう話しています。
大原さん これまでのヒューマンリソースの考え方は、どうしても人材管理の発想でした。よって、各社員の過去のデータを入力し、こんな経歴や資格を持っているから、今後はこうした仕事ができるだろうという見方でした。
 しかし、これからは未来からインプットしていくのです。まず、会社の向かう方向を見据えながら、各社員が自分はどうなりたいかを考えて、それに向けて自分の未来をプロデュースしていける会社にしたい。
 そのために人事の側では、本人が次にこういうポストに就きたいのなら、こういうスキルを身につけなさいとか、この研修を受けるといいなどのレコメンドを出し、成長を後押しする。異動も人事主導ではなく、各部署の公募と本人の手上げで行われるほうが望ましい。今も社内フリーエージェント制度はありますが、相互マッチング方式が主流になれば理想です。

前川 なるほど。いわば社内に転職マーケットをつくるイメージですね。

ミドル・シニアを活かすには、見失いかけた「成果の出し方」を教えること

前川 その際、ミドル・シニアの活躍支援をどう位置付けるかも課題になるのではないでしょうか。
 私が企業から受ける相談のなかで無理を感じるのは、意欲が低下したミドル・シニア層の役割や仕事をそのままに、モチベーションだけを上げてほしいとの要望です。
 ミドル・シニアの場合、定年後も視野に入れざるを得ないし、仕事以外の気がかりな要素もあります。かつ、一人ひとりの抱える事情もさまざまです。会社の現在の仕事の枠組みの中だけで、ただがんばれと言われても難しいですね。

浅井さん 私も、他社からミドル・シニアのモチベーション低下が問題だとの話をよく聞きます。しかし、弊社で見る限り、ミドル・シニアのモチベーションは下がってはいません。ただ、がんばりたいが、どうやって成果を出せばよいかが分からない。自分より若手が中心に業務が進んでいるからです。
 象徴的に言うなら、「大事な局面で呼ばれなくなる」のがミドル・シニアです。じゃあ、10ある局面で1つでも呼ばれるためには、どうすればいいか。そこを見つけて磨いてほしいのです。
 だから、ミドル・シニアには成果の出し方を教えてあげることが大事。実際に成果が出せれば、「すごいね」と言われるようになる。後述しますが、弊社でも実際にそうしたケースが出ています。

社員の成長実感を、いかに創り出すか

前川 もう一度、若手育成の話に戻るのですが、いま大企業でも若手の採用難と早期離職が深刻です。高額給与や早期昇進などで人材獲得や定着を狙う動きが盛んですが、真の解決策になっていないと私は見ています。
 長く働くことになる若手世代にとっては目先の高待遇よりも、仕事に働きがいを感じ、成長実感や成長予感を持てること、キャリア展望が持てることが大事です。御社ではこの点について、どのような問題意識や対応をお考えですか?

大原さん 一つ有効だと思う方法があります。たとえばエンジニア職の場合、社内に仲間同士のコミュニティをつくってあげることです。エンジニアは自分の技術や成果を見てほしい、評価されたいという気持ちを持っています。同職種間で「君のスキルは高いね」「いい仕事をしているね」と評価され、承認欲求を満たされれば嬉しいと思います。
 また、あの先輩はすごいとか、自分の実力もこのあたりまで上がったと、よい刺激を得られるし、自分の立ち位置もわかる。そこで成長実感を持ってもらえるといいと思います。組織上の上司ではなく、同じ専門カテゴリーごとのコミュニティ・オーナーというか、その領域で秀でたリーダーのもとに、数十人のメンバーが集う「ムラ」がどんどんできるといいと思います。

前川 たしかに、優秀なエンジニアほど凄いスキルの人と仕事をしたい、そこで自分を磨きたいとの気持ちは強いでしょうね。一方で、組織や上司の働きかけとしては、どう考えていくべきでしょうか。

上司に求められる、仕事やキャリアの「意味づけ力」

浅井さん 組織や上司は、部下本人の価値観や成長実感を個々に把握して、そこに投資していかなければなりません。
 それには、本人が学びたい教育機会の提供もありますが、何が成長なのか、本人の成長に気づかせることも大切です。昨日できなかったことが今日はできるようになった。これも立派な成長です。上司にはそれを本人に伝えてほしいし、私たちキャリアデザイン室の役割でもあると思います。

前川 本当にそれは大事ですね。私も常々主張しているのですが、「キャリア自律」が求められる現代なので、上司には部下の仕事やキャリアの「意味づけ力」が求められるようになってきています。
 今の仕事は、あなたのキャリアにとってどういう意味があるのか。また組織のパーパスにとってどういう意味があるのか。そのことを明確に伝えることができてはじめて、本人に自分の成長に気づいてもらえるのですからね。

   <社員3000人との面談成果が「発奮・スタンスセオリー」に結実!/NTTコミュニケーションズ【人を活かす先進企業に学ぶ 第1回(2)】(前川孝雄)>に続きます。


【プロフィール】
大原 侑也(おおはら・ゆうや)
NTTコミュニケーションズ株式会社
ヒューマンリソース部 人材・組織開発部門 部門長


2001年NTTコミュニケーションズ(株)入社。主にプロジェクトマネージャーとして公共分野のICT活用を推進。その後、飲食業界のITコンサルティング、ソリューションサービスの企画を経て、スマートエデュケーション推進室長として、学校教育・企業教育のDX化に従事。2023年7月より現職。社員のキャリア自律と対話協働する組織開発に取り組む。

浅井 公一(あさい・こういち)
NTTコミュニケーションズ株式会社
ヒューマンリソース部 人材・組織開発部門 キャリアコンサルティング・ディレクター


企業内キャリアコンサルタントとして、ミドルシニアを中心に約3,000人のキャリア開発に携わり、面談手法を指導したマネージャーも1000人を超える。圧倒的面談量をもとに築き上げた独自のキャリア開発スタイルにより75%の社員が行動変容を起こす。共著に「ビジトレ」(金子書房)、キャリア支援者のための私塾「浅井塾」(HRラボ社)を開講。

前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授


人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等30冊以上。最新刊は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)。

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