約1500万人の「就労困難者」をゼロに...社会を変えるスタートアップの奮闘

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   日本には障害や難病のため、就労に何らかの課題を抱え、無職、低賃金、不安定な就労環境にある、「就労困難者」が約1500万人いるという。

   本書「社会を変えるスタートアップ」(光文社新書)は、そうした人を支援するプラットフォームをどうやって作ったか、体験をもとに書かれた本である。NPOでもベンチャーでもないスタートアップだから実現した、その秘訣とは......。

「社会を変えるスタートアップ」(小野貴也著)光文社新書

   著者の小野貴也さんは、1988年生まれ。2014年にヴァルトジャパンを起業。障害や難病を抱える就労困難者に特化した仕事の受発注プラットフォーム「NEXT HERO」を運営し、就労困難者がビジネスの現場で活躍できる仕組みづくりに取り組んでいる。

「仕事がうまくいかない」

   小野さんの経歴が興味深い。本書によると、勤めた製薬会社では、主に生活習慣病と精神疾患の医薬品を扱うMRをしていた。患者さんの声を直接聞こうと、非営利団体が主催する精神疾患関連の患者会に参加した。

   30人ほどが集まり、症状や悩みに関して情報交換をしていた。向き合っている課題はバラバラだったが、一つだけ共通していたことがあるのに、衝撃を受けたという。それは「仕事がうまくいかない」ということだった。

   薬による治療によって症状が緩和されれば、再び仕事に復帰できるのでは、と考えていたが、現実は違ったという。こう説明している。

「症状が緩和されると、また仕事で頑張ろうという思いは生まれるものの、コミュニケーションがうまくいかない、仕事内容がマッチしていない、復職者であることから十分な期待をされていないなど、とにかく『うまくいかない』」

   自身も摂食障害の経験があった小野さんは、彼らの力になりたいと3カ月後に起業した。

「就労継続支援事業所」の3つの類型

   日本には障害福祉サービス「就労継続支援事業所」というインフラがある。企業で働く一段階手前の「中間就労」という位置づけで障害者が働ける、社会保障費を財源にしたものだ。

   事業所には3つの類型がある。「A型」は、事業所と障害のある人が雇用関係を結び、仕事を提供する。内職やPC作業、清掃、製造などの仕事が多く、平均月収は7万7000円程度だという。

   「B型」は最も多い事業所のタイプで、非雇用型で個別の作業に対して工賃が支払われる。平均月収は1万6000円ほど。

   「移行型」は、企業へ就職するための職業訓練施設で2年の期限付き。基本的に収入はないが、工賃が発生する作業をした場合は利用者に支払われる。

   小野さんが最初に構想したのは、障害者によるリモートコンシェルジュサービスだった。ICTを活用することにより、電話だけでなくチャットでのコミュニケーションを取りながら、データ収集、資料作成、スケジュール調整などのビジネスワークを請け負うというものだが、創業融資の申請は通らなかった。

   その後、年間4000万円の実績と障害者特化型DXプラットフォーム「NEXT HERO」のビジネスモデルを持っていったところ、2018年に創業融資が下りたそうだ。

   しかし、資金があっという間に減り、ショートするまで数カ月というところで、元ラクスル副社長で新規事業化の守屋実さんに相談した。

   投資家やベンチャーキャピタルを紹介してもらい、出資が決まった。2021年6月にみずほキャピタルなど4社から約2億円を調達したのをはじめ、22年には海外ベンチャーキャピタルや国内メガバンク3社などから出資を受け、累計資金調達額は7億円に達した。

ネットワークすることで、巨大な就労継続支援事業所に

   ヴァルトジャパンのビジネスモデルの強みについて、起業のプロである守屋さんは、次のように評価している。

「全国に散在する就労継続支援事業所をデジタルの力でネットワークすることで、仮想的に巨大な一つの就労継続支援事業所を創り上げるという事業構造にある」

   一つひとつは小さくて弱いが、束ねて一つにまとめることが出来ると、とてつもなく強い、として、その規模をこう例えている。

「ローソンと同じ拠点数、トヨタの1.4倍の人数、ユニクロの倉庫の3倍の床面積」

   「NEXT HERO」に参加した事業所では、従来の工賃増加額と比較して約3万2000円増加するケースも生まれているという。5年後には仕事の流通総額300億円、現工賃の倍増超(平均)をめざしている。

   日本財団の調査を引用し、障害や難病、引きこもり、ニート、各種依存症など、生きづらさや働きづらさのある人は延べ1500万人と推計している。実に日本の8人に1人が困難を抱えているというのだ。

   障害者の雇用に取り組む背景には、日本の労働人口の減少がある。2040年には労働人口が現在より1500万人以上減少する反面、活躍したくても十分に活躍できていない就労困難者が1500万人いる。こうした労働市場の不均衡をバランスさせることはできないか、という問題意識である。

   多くの企業は障害者雇用における法定雇用率の達成を目指している。一方、こうした企業も含めて、なぜ企業は「NEXT HERO」に発注するのか。理由をいくつか挙げている。

・数十名、数百人を要する、大規模プロジェクトや案件に対応できる
・47都道府県に供給力を持つことができる
・より戦力となる、ベストマッチな障害者雇用につなげられる

   小野さんの「就労困難者ゼロ社会」という目標に向けて、官公庁や自治体、企業、そして当事者の連携によるプラットフォームは動き始めた。(渡辺淳悦)

「社会を変えるスタートアップ」
小野貴也著
光文社新書
902円(税込)

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