日本銀行は2023年9月21~22日に開いた金融政策決定会合で、大幅な金融緩和策の現状維持を決めた。
市場の一部には、植田和男総裁の読売新聞インタビューでの「年末軌道修正」示唆発言から、政策修正を警戒する見方もあったが、植田総裁は会合後の記者会見で「粘り強く金融緩和を続ける必要がある」と強調。こうした見方を一蹴した。
しかし、政策変更のヒントを読み解くカギはないのか。エコノミストの分析を読み解くと――。
植田総裁「マイナス金利解除、決め打ちできる段階ではない」
日本銀行の発表によると、長期金利の事実上の上限を1%とする長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)や、マイナス金利政策、上場投資信託(ETF)の買い入れなどの現行の緩和策を続ける。当面は物価や賃金の動向を慎重に見極めながら、金融緩和策で経済を下支えする。
植田和男総裁は会合後の記者会見で、マイナス金利解除について「物価目標の実現が見通せる状況になった場合には解除も視野に入るが、まだ到底決め打ちできる段階ではない」と語った。そのうえで、読売新聞インタビューで、「年末までに(解除へのデータがそろう)可能性はゼロではない」と答えたことについて、「マイナス金利解除への距離感がすごく動いたから、あのように申したわけではない」と述べた。
焦点である実質賃銀の上昇については、「実質賃金の上昇率がマイナスのままでプラスに転じないことは非常に心配している。実質所得が低下する中で家計にインフレが負担になっている」と述べた。
また、物価の見通しについては「先行きの物価を巡っては、為替相場や資源価格の動向だけでなく、内外の経済動向や、企業の賃金・価格設定行動に関する不確実性も極めて高いと認識している」と厳しい見方を示した。
今回の日本銀行の政策維持決定について、エコノミストはどう見ているのか。
日本経済新聞オンライン版(9月22日付)「日銀、追加の緩和修正見送り 金融政策の現状維持を決定」という記事に付くThink欄の「ひとくち解説コーナー」では、日本銀行政策審議委員も務めた慶應義塾大学総合政策学部の白井さゆり教授(マクロ経済学)が、
「現状維持は予想どおりでした。ただ、国債買い入れを限定しており、長期金利が0.7%を超えて上昇するのを容認しているので、7月末に0.7%を超えないように買い入れを増やした時の対応とは異なっているようです。米国で予想以上に長く高い金利水準が維持される可能性が高まる中、金利差による超円安への配慮もあるようです。0.5%のメドは制約となっていないので、撤廃してもよいのではないでしょうか」
と指摘。そのうえで、
「1%の上限を維持するメッセージをより明確にだしたほうが、為替市場参加者にとってはわかりやすいと思います。現在のインフレは、コストプッシュで消費や企業活動は横ばいか低迷しており、輸出数量も増えておらず、貿易収支も赤字が続いています」
と提言した。
円安に歯止めをかけるため、修正が前倒しになる可能性も
ヤフーニュースコメント欄では、第一生命経済研究所主席エコノミストの藤代宏一氏が、
「今回、政策変更を予想する市場関係者はほとんどいませんでしたが、私を含む一部の市場関係者は将来の政策指針、いわゆるフォワードガイダンスを修正することで、金融政策の修正に向けた準備運動を開始する可能性を意識していました。具体的には、以下の括弧部分の修正あるいは削除です。『引き続き企業等の資金繰りと金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる』」
と説明。その理由については、
「円安が加速し、物価も2%を明確に上回る状況で『追加緩和』を示唆する文言は、現状に馴染んでいるとは言い難いものがあります。しかしながら、日銀は今回も上記文言をそのまま残しました。そうした強固な緩和姿勢に反応する形で、金融政策決定会合の直後は円安・株高に振れました」
と、日本銀行の頑なな緩和政策維持が円安を加速させていると指摘した。
実際、植田総裁の会見中、ドル円相場は一時、1ドル=148円台半ばまで進んだ。
同欄では、三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員の小林真一郎氏が、予想通りの結果について、
「前回7月の金融政策決定会合で長期金利の許容上限を1%まで引き上げるとの修正が実施されましたが、その上限金利まで余裕があり、追加修正の必要に迫られていないためと考えられます」
と説明。
「もっとも、米国の長期金利上昇を受けて10年国債利回りは0.74%台と約10年ぶりの高水準にあり、今後の米国の金融政策の次第では、一段の上昇圧力を受ける可能性があります。また、物価上昇率も日本銀行の予想に反して高止まった状態が続いている一方、賃金上昇率が徐々に高まるなど、金融政策の正常化に向けた条件が整いつつあります。
さらに、最近の円安に歯止めをかけるためにも、金融引き締めは有効な手段となります。基本的には来年の春闘での賃上げ継続などを確認した後でイールドカーブ・コントロール(YCC)の撤廃など次の修正が実施されると思われますが、タイミングが前倒しになる可能性があります」
と、今回は政策修正を見送ったが、早まる可能性に言及した。
政策修正は、早くても来年後半以降に遠のいた
しかし、逆に政策修正は早くても来年(2024年)後半以降に遠のいたと指摘するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏はリポート「政策維持を決めた金融政策決定会合:日銀利上げシナリオの再検証」(9月22日付)のなかで、その理由をこう述べる。
「対外公表文では、将来の利上げの地均しを意図して『必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる』という緩和バイアスのフォワードガイダンスを撤廃、あるいは修正するとの観測もあった。しかし実際にはこの文言は維持され、近い将来に本格的な政策修正が行われる可能性が低いことを示した。
他方、足元の高い物価上昇率は、『既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響』との判断を維持している。高い物価上昇率は、賃金上昇を伴う国内要因主導での持続的な物価上昇率の高まりとは異なるメカニズムによる、との見方が維持され、2%物価目標達成はなお見通せない、との日本銀行の従来の見方に沿った判断が示された」
つまり、金融市場では読売新聞のインタビュー記事を受けて、早期の利上げ観測が燻(くす)ぶっているが、真っ向から否定した形だというわけだ。
実際、植田和男総裁の記者会見でも、日本銀行が物価と賃金の上昇に注目していることが明らかになった。木内氏は、こう指摘する。
「高い物価上昇率が持続的なものとなり、2%の物価安定目標の達成が見通せるようになるかどうかという観点から、日本銀行が最も注目しているのは明らかに来年の春闘である。
この点から、その前の来年1月の決定会合で利上げを実施する可能性はかなり低い。本格的な政策変更は、最短でも春闘後の来年4月の決定会合と考えられる。ただし筆者(=木内氏)の見通しは、来年後半以降である」
来年の春闘では、物価上昇率が今年より大幅に下がるため、プラス1%台まで下落して、期待された水準に達しない可能性が高いと、木内氏はみる。そこで、日本銀行は次のようなシナリオを描くという。
「来年の春闘賃上げ率が期待された水準ほどに達しないことを受けて、日本銀行は2%の物価目標は短期的には達成できない、と宣言するである。
そのうえで、金融緩和は長期化するとし、長期戦に備えて金融緩和の枠組みを見直す方針を示す。
多角的レビューの結果を踏まえ、マイナス金利政策の副作用について金融市場に十分に説明したうえで、マイナス金利政策解除を実施するのは、最短で来年後半になるのではないか」
そして、木内氏はこう結んでいる。
「さらに、内外景気情勢の悪化や米国での金融緩和が日本銀行の政策修正を後ずれさせる可能性が考えられる。それらの動向次第では、マイナス金利政策解除の時期は2025年まで後ずれする可能性もあるだろう」
(福田和郎)