コロナ禍が示した「近未来」...鉄道会社はどう生き残る?

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   コロナ禍で鉄道会社は大幅な赤字に陥った。それは予想されていた人口減少社会を先取りしたかのようだった。

   本書「鉄道会社サバイバル」(日経BP)は、鉄道が担う公共交通という役割を残し、守ろうと奮闘する現場を取材したルポルタージュである。

「鉄道会社サバイバル」(佐藤嘉彦著)日経BP

   著者の佐藤嘉彦さんは、日経ビジネス記者。2005年に日経BPに入社。「日経ビジネス」「日経トレンディ」「日経クロストレンド」を経て、20年4月から再び「日経ビジネス」記者になり、小売りと鉄道、運輸、観光・レジャー業界を担当する。

国鉄末期の2倍の赤字となったJR各社

   新型コロナウイルス禍で、2020年度はJR貨物を除くJR6社がそろって営業赤字に転落。その総額は1兆円を超えた。国鉄時代の実質的な営業赤字は約4000億円だったので、コロナ禍は、国鉄末期の2倍以上の営業赤字をもたらした悲惨なものだったという。

   JR西日本の長谷川一明社長の次のような言葉を紹介している。

「人口減少など10年単位で進むと考えていた変化が、コロナ禍で一度にやってきた」

   そこで、JR各社の現場では、前例にとらわれない試行錯誤が始まっている。

   なかでも動きが活発なのがJR西日本だという。首都圏という大市場があるJR東日本、高収益な東海道新幹線を持つJR東海と異なり、収益基盤が弱いからだ。また、近畿圏は私鉄との競合が激しく、人口減少にも直面し始めた。

   駅名が書かれたサイコロを振って行き先を決める、「サイコロきっぷ」も前例のない試みだった。2022年7月から、販売枚数は2カ月たらずで20万枚を超えた。料金は大阪市内から往復5000円なので、売上は約10億円だ。

   尾道(広島県尾道市)が出たらもう一度サイコロを振ることができ、6分の1の確率で博多(福岡市)が出る。正規運賃で往復2万9240円の大阪市内~博多間が5000円で行けるのだから、8割引以上となる。

   これがSNSでバズり、購入者の約半数が10~20代だった。予定した販売期間で終了したが、スピード感を重視した、テストマーケティングとして注目された。

   このほかにも、期間限定の「定期券併用チケットレス特急券」、山陽新幹線の「こだま」と一部の「ひかり」が通常の半額で利用できる「山陽新幹線 直前割50」が発売された。

   次に「みどりの窓口」の大量閉鎖に踏み切った。 20年度初めに約340駅にあった窓口を、22年度末までに約180駅に半減させ、年間15億円の人件費削減を見込んだ。オペレーターと対話しながらリモートで発券する「券売機プラス」を設置し、対応した。

   データを活用する技術を他社にも売り込んでいる。運行情報を表示する液晶ディスプレイは、千葉県の銚子電鉄に採用されたという。

   23年春に大阪駅の北側に開業した「大阪駅(うめきたエリア)」をイノベーションの実験場と位置づけ、開口部が自由自在に移動する世界初のホームドアや顔認証の改札口を導入した。

相次ぐ私鉄の沿線開発

   21年度は、コロナ禍の影響が収まってきたこともあり、大手私鉄16社は東京メトロと京成電鉄を除いて黒字転換した。だが、鉄道事業に限ると黒字は、東武、小田急、近鉄、京阪、阪急、阪神の6社にとどまった。

   トレンドになっているのが、座席指定制のライナーだ。京王などが導入している。さらにICカードと連携させたポイントサービスの導入の試みも始まった。東京メトロは22年5月に、月2000円を払えば、土日・祝日が乗り放題になる「休日メトロ放題」のトライアルを行った。

   JR東日本は23年3月、東京の「電車特定区間」にオフピーク定期券を導入した。朝の利用がピークとなる時間帯が利用できない代わりに約10%値下げ、一方井、通常の通勤定期券を約1.4%値上げした。時間帯や曜日に応じた変動運賃、「ダイナミックプライシング」が日本でも始まった。

   新たなビジネスモデルの試みも紹介している。たとえば、西武ホールディングスは、所沢駅(埼玉県所沢市)を最重要エリアに位置づけ、駅直結の商業施設をオープン。ベッドタウンからリビングタウンへと、自宅近辺での需要創出に乗り出した。

   小田急は、下北沢駅沿線が地下化された跡地に「下北線路街」を22年に全面オープン。商業施設ではあえてチェーン店を入れず、個人経営の店を集めた。温泉旅館や学生寮など、想像できない施設もある。沿線の価値を高めるため、通常のテナント誘致の10倍の手間をかけたそうだ。

   次に待っているのが、新宿西口の再開発だ。京王はJR東日本と組んで再開発を発表。小田急は共同事業パートナーとして、東急グループの東急不動産を迎え入れることにしたという。

   「目的を済ませたら帰る場所」とされてきた新宿西口が、大規模開発が進む渋谷や品川と勝負できるか、注目している。

人口減少に苦しむ地方での試み

   人口減少に苦しむ地方での試みも数多く取り上げている。

   東日本大震災で被災した三陸沿岸の大船渡線、気仙沼線について、BRT(バス高速輸送システム)で運行が始まったが、運転手不足に対応するため、JR東日本は22年12月から一部で自動運転を導入した。JR西日本もソフトバンクと組んで、隊列走行するバスの走行試験を始めた。

   異業種からの参入も始まった。三菱商事は西鉄と組み、AI(人工知能)を活用したオンデマンドバスを実用化し、全国の交通事業者に売り込み始めた。

   また、博報堂は富山県朝日町でライドシェアサービスを展開。ハンドルを握るのは「ご近所さん」。町民ドライバーが運転し、それに1回600円を払う。そのうち200円を実費としてドライバーとなる町民に還元する仕組みだ。

   21年10月以降は朝日町の単独事業として独り立ちし、博報堂は浜松市に舞台を移し、新たなMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)=多種多様な交通手段をシームレスに組み合わせて提供する次世代交通サービス=の創出に取り組んでいる。

   鉄道を廃止してもバスがあるじゃないか、という意見が多い。だが、JRからの支援金が尽きると、バス運行の費用を自治体がどう負担するかという次の問題が浮上する。

   大都市も地方も人口減少をにらみながら、どう公共交通サービスを維持していくのか。コロナ禍が示した「近未来」は現実になろうとしている。(渡辺淳悦)

「鉄道会社サバイバル」
佐藤嘉彦著
日経BP
1980円(税込)

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