トヨタ自動車が最高級車「センチュリー」のSUV(スポーツタイプ多目的車)を発売する。
価格はトヨタ車で最高額となる2500万円。月間販売目標は30台というが、果たしてセンチュリーのSUVは売れるのだろうか。
VIP専用車では、センチュリーが独壇場 最近は、大型ミニバンを使う企業や官公庁も
1967年に初代が誕生したセンチュリーはトヨタの最高級セダンで、現行モデルは2018年発売の3代目。
センチュリーは皇室の御料車や首相はじめ閣僚などのVIPの専用車として使われている。言うまでもなく、センチュリーはドライバーズカーではなく、オーナーがリアシートに座る「ショーファードリブンカー(お抱え運転手が運転するクルマ)」だ。
ショーファードリブンカーとしては、かつて日産自動車にセンチュリーのライバルとなる「プレジデント」が存在したが、2010年に生産中止になった。
日産は皇室用に専用車「日産ロイヤル」を開発・生産した時期もあったが、現在の皇室はセンチュリーを使用している。
筆者がかつてリアシートに乗った経験では、センチュリーよりもプレジデントの方がサスペンションの設計やセッティングの違いからか、路面からの入力を見事に抑え、静粛性が高かった。
高速道路などでのプレジデントは、路面の上をクルマで走っているというより、大型クルーザーか魔法の絨毯に乗っているような滑らかさだった。同じ日産の高級車でも、当時の「セドリック」や「シーマ」とは明らかに違った。
それに比べ、センチュリーの乗り心地も滑らかだが、プレジデントほど「雲の上」感覚はなかった。
そんなプレジデントが姿を消した後は、皇室や首相はもちろん、大企業の社長車や自治体首長の公用車もセンチュリーの独壇場になっている。
最近はトヨタアルファードや日産エルグランドなど大型のミニバンを使う企業や官庁もあるが、黒塗りのセダンが定番の社長車や公用車にセンチュリーのSUVは使われるのだろうか。
セダンのイメージ残しながら、流行りのSUV専用ボディーに 世界的なSUVブーム、最高級車にも
これまでセダンのセンチュリーもボディーカラーは4色あったが、黒が大半だった。これに対して、SUVのセンチュリーはボディーカラーが7色あり、「ボディーカラーや内装など、お客様のお好みに合ったカスタマイズを行う」とトヨタは説明する。
ボディサイズもセダンに比べ全長とホイールベースこそわずかに短いものの、全幅は広く、最低地上高もSUVらしく高くなっている。エンジンとパワートレインもセダンのV8・5.0リッター縦置きハイブリッドの後輪駆動から、SUVはFFベースのV6・3.5リッター横置きのプラグインハイブリッドとなり、後輪はモーターで駆動する。
クルマとしての骨格はセダンとSUVで全く異なり、言わば別のクルマだが、最高級車センチュリーのイメージを残しながら、流行りのSUV専用ボディーを与えることで、新鮮味を出すことに成功している。
海外では英国の最高級車「ロールス・ロイス」や「ベントレー」にもセダンをベースにしたSUVが存在する。
「ロールスロイス カリナン」や「ベントレー ベンテイガ」だが、ロールスロイス カリナンはセンチュリーSUVにフロントマスクやサイドビューが似ているといったら言い過ぎだろうか。ロールス・ロイスも英国皇室の御料車として使われている。
世界的に進むSUV化の波は、ロールス・ロイスなど最高級車にも押し寄せているということだ。トヨタが、このロールス・ロイスのイメージを狙ったかどうかわからないが、これまでセダンしか選択肢がなかったセンチュリー・オーナーにとっては、SUVの登場は朗報かもしれない。
魅力は「グローバルリーダーに相応しい美しい乗降所作」 セダンも継続販売、SUVの登場で顧客層広がるか
実用面ではセダンよりSUVの方が前後のシート間が85ミリ長いほか、トヨタ得意のプラグインハイブリッドとなり、近距離なら電気自動車としての利用も可能となり、静粛性は高まるに違いない。
トヨタによると、SUVはセダンに比べて後席のヘッドクリアランス(乗員の頭上部分の空間)が10センチ広く、リアシートを倒すと身長190センチの人が足を伸ばして横になっても、足が前席に触れないほど広いという。
さらに、SUVとなって車高が高くなった分、リアドアを開けて乗降する際も「背筋を伸ばしたままスムーズに乗車できる」など、「グローバルリーダーに相応しい美しい乗降所作」ができるという。
センチュリーのセダンも継続販売となり、官庁需要などがなくなることはないだろう。しかし、室内が広く静かで、スタイリッシュなSUVとあれば、流行に敏感な若手の政治家や経営者はSUVを選ぶ可能性が高いのではないか。
高級だが黒塗りの地味な存在だったセンチュリーの世界観がSUVの登場で変わるかもしれない。(ジャーナリスト 岩城諒)