近年、「コオロギ食」なるものを耳にする機会が増えてはいないだろうか。
多くの場合、SDGsの文脈で話題になるが、「コオロギを食べることがなぜSDGsに資するか」といった説明まではなされないことが多い。漠然としたイメージのまま、ブームが広がっているようにも感じる。
そこで、J-CAST 会社ウォッチ編集部はコオロギ食を推進するスタートアップ企業「株式会社エコロギー」の代表取締役を務める葦苅晟矢(あしかり・せいや)氏にインタビューを実施した。
葦苅氏は、早稲田大学大学院でコオロギの研究を積み、その後、起業にこぎつけたという注目の人だ。葦苅氏に話を聞き、コオロギ食の実態に迫った。
「エコロギーはガチガチの実業です」
株式会社エコロギーは2017年創立。創業者の葦苅氏は2017年に早稲田大学大学院の先進理工学研究科に入学。生物系の研究室に入り、コオロギの養殖技術についての研鑽を積んだという。そこでまずは、葦苅氏の経歴とコオロギとの出会いの詳細について話を聞いた。
――葦苅さんがコオロギ養殖事業を起業されたきっかけをお聞かせください。
葦苅氏 早稲田大学の学生時代、「模擬国連」というサークル所属していた際に、「食の持続性について」の問題について知る機会があり、食の課題を解決したいと考えるようになったのがきっかけです。
当時、学生なりに社会課題を解決したいという思いがあったのはもちろん、国連食糧機関(FAO)が昆虫食に関する報告書を出したことを知りまして、これもきっかけかと思います。
――葦苅さんのご経歴によりますと、早稲田大学大学院・先進理工学研究科でコオロギの研究をなさっていたということですが、大学時代の学部はどちらだったんでしょうか。
葦苅氏 意外に思われるかもしれませんが、商学部でした。学部の3、4年生の時に、これらの理由から食の持続性についての問題を解決するビジネスを起業したいと思ったんですよね。それで、コオロギの養殖という専門的な知識が必要な分野に進むために、コオロギについて学べる大学院に進学しました。
――となると、大学院進学後はコオロギについての研究に明け暮れていたのでしょうか。
葦苅氏 そうですね。それに、そもそも、大学院に進学した2017年に「株式会社エコロギー」を設立しました。
――御社は早稲田大学関連の投資会社から出資を受けていらっしゃるとのことですが、出資者を探す際に苦労なさった点をお教えください。
葦苅氏 エコロギーの事業はコオロギという生産物が発生しますから、ガチガチの実業です。一般的なスタートアップのようにITのみで完結する事業ではないので、そのあたりへの投資を得意とする投資家の皆様には、イメージが湧きづらかったかもしれませんね。
そんな中、早稲田大学系の投資会社である「ウエルインベストメント株式会社」の瀧口匡代表は、エコロギーに理解を示してくださいました。ちなみに、代表とは私は学部の3年生の時から交流がありまして、事業には非常に共感していただきました。
コオロギ食は、食の問題と地球環境の問題の同時解決のソリューションの1つに
同社の主力商品は「エコロギーパウダー」というコオロギを粉末化したパウダーだ。
葦苅氏いわく、エコロギーの強みは商品の原料であるコオロギについての最先端の知見と、その仕入れ先であるカンボジアでの養殖事業にあるという。
――コオロギをタンパク源として社会に商品を出していくというコンセプトは、やはり、将来予想される食糧事情の悪化を改善していきたいという思いから生まれたのでしょうか。
葦苅氏 そうですね。あと、もう1つは環境保護の観点もあります。食の問題と地球環境の問題を同時に解決していきたいと思った場合、コオロギ食はその解決策の1つになり得るという確信があったからこそ起業しました。
――コオロギ食に関して、エコロギー様ならではの強みとは何でしょうか。
葦苅氏 早稲田大学大学院での研究をベースとするコオロギについての最先端の知見と、弊社のコオロギの仕入れ先であるカンボジアでの養殖事業の掛け合わせが、弊社の強みだと考えています。
弊社では、「こういうエサを与えたら、こういう成分が多く含まれているコオロギができる」といった、与えるエサと商品の成分比の関係を理解しています。そのため、サプリメントになるような機能性成分などの特定の栄養素を多く含むコオロギの養殖が可能です。
――なるほど!
葦苅氏 あとは、コオロギの加工技術ですね。コオロギ食の一般的な形は粉末ですが、従来、粉末化の際にはどうしても、昆虫特有のクセや苦味が風味として残ってしまっていました。ところが、弊社の粉末化の技術では、これらのマイナスの要素を抑制しつつ、かつ、うま味を強めることができます。こうした技術をもとにカンボジアで大量にコオロギを養殖し、「エコロギーパウダー」を生産できるところが他社との違いかもしれません。
――そうなんですね! コオロギの原産国はカンボジアとのことですが、エサは何を与えているのでしょうか。
葦苅氏 一言で言いますと、フードロスです。これは、みなさんがイメージされるであろう、まだ食べられるのに廃棄される食品とはニュアンスが異なります。弊社では、2つのフードロスを用いています。
――具体的に、どういったものでしょうか。
葦苅氏 1つは、農作物のうち、可食部分以外の副産物です。カンボジアは農業国なので、こういったものが多数出ています。たとえば、タピオカの原料であるキャッサバの葉がまさしくそれです。栄養価が高いにもかかわらず、廃棄されているのが実情です。
また、もう1つは食品工場から出る「不良品」です。日本の場合、回収業者がそれなりに発達しているかと思いますが、カンボジアでは未発達で、廃棄に難儀している工場は多いんです。
これは余談ですが、昨今、日本ではだいぶフードロスが問題視されるようになって取り組みが進んでいますが、カンボジアではまだフードロスを扱う業者様が少なく、有効活用されていないのが現状です。
――こうしたフードロスを、コオロギはエサとするわけですね。
葦苅氏 コオロギは雑食性なので、フードロスをそのまま与えることができます。農作物の人間が食べない部位などをコオロギに与えることで、新しいタンパク源や機能性成分に変わっていくという「循環」が生み出されているのです。
ちなみに、弊社では過去に、いろんな原料(フードロス)を集めて、複数の種類のエサを作りました。それらを与えた結果、それらのうちのある1種類でコオロギのパウダーの成分の栄養価が高まるということがわかりました。これらの知見を合わせ、現在でも、さらなる最適化を目指してエサの研究開発を進めています。
「1つの解になるでしょうし、私は最適解ではないかと考えています」
カンボジアでのコオロギの養殖事業の話が進む中、葦苅氏はコオロギの「飼育が簡単であり、かつ、繁殖力が強い」という特性を利用した効率的なコオロギの飼育方法について明かした。
――カンボジアでコオロギを養殖するということは、日本のコオロギとは違う品種を育てているのでしょうか。
葦苅氏 日本とは違うもので、「ジャマイカンコオロギ」という品種です。
――ちなみに、何グラムのエサから、何グラムのコオロギが収穫できるのでしょうか。
葦苅氏 250~300グラムのエサで、100グラムくらいのコオロギが採れます。牛や豚だと100グラムの肉を得るのに、さらにたくさんのエサが必要になってしまいます。コオロギの養殖の特徴は「少ないエサ、少ない水、少ない土地」で実現させることが可能で、開墾を必要としないのが特徴です。
――そうなると、コオロギは「飼育が簡単であり、かつ、繁殖力が強い」という特徴がありますが、やはり、この点は来たる将来の食糧難を解決するうえで最適解といえますか。
葦苅氏 1つの解になるでしょうし、私は最適解ではないかと考えています。コオロギには飼育の容易さと自由度の高さがあります。そこに私は、学生時代から魅了されて、今、日本とカンボジアを行き来しながら事業を展開しています。
――カンボジアでのコオロギの養殖の様子をお教えください。
葦苅氏 実は、我々は大きな工場といった、集約型の生産モデルは採用しておらず、現地の複数の農家さんに養殖を委託しています。さながら昔ながらの農家と農協の関係に近いと言えばいいでしょうか。
具体的には現在、約65件の農家さんと契約して、我々のノウハウをお伝えしてコオロギの養殖を行っていただいています。これを買い上げることで、農家さんには現金収入が生まれます。
――現地の農家さんの収入につながるという意味でも、サステナブルな事業ですね。素晴らしいですね!
葦苅氏 しかも、コオロギの養殖については新たな開墾は必要ありません。カンボジアの農村部の家屋は高床式の建築方法なので、軒下がデッドスペースになってしまっています。ここに、弊社のコオロギ生産ユニットを置いて養殖を行うのです。
しかも、さきほどエサの与え方で製品の栄養価が変わってくるという話をしましたが、これを利用して、「この農家さんには鉄分が多いエサを与えて鉄の含有量を上げたコオロギを養殖していただく一方で、別の農家さんには亜鉛が多いコオロギを養殖していただく」といった作り分けが可能になります。
――小回りが利きますね!
葦苅氏 これまでの時代、食糧生産はとかく大規模な生産方式になりがちでしたが、私たちが目指していきたいのは「分散・循環型」の食糧生産です。そうなると、コオロギは実に相性がいいのではないかと思っています。
<コオロギは、食糧難を回避するための「最適解」になり得るのか?【後編】/コオロギ食「エコロギー」代表・葦苅晟矢さん>に続きます。
(聞き手・構成/J-CAST 会社ウォッチ編集部 坂下朋永)
【プロフィール】
葦苅 晟矢(あしかり・せいや)
株式会社エコロギー
代表取締役CEO
2013年、早稲田大学商学部入学。食糧問題と環境問題の同時解決にコオロギが有効であるとの着想から、同大大学院・先進理工学研究科に入学した17年にコオロギ養殖業を手掛ける「株式会社エコロギー」を設立。以降、コオロギの量産体制を確立し、「エコロギーパウダー」を活用した健康補助食品を主力商品として事業を展開している。