「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~部下の心を動かした『胸アツ』エピソード」では、実際にあった感動的な現場エピソードを取り上げ、「上司力(R)」を発揮する方法について解説していきます。
今回の「エピソード2」では、<「君の仕事は、いったい何?」~『仕事の再定義』で沈滞していたチームが一変...くすぶっていた若手が、常識破りのチャレンジをやり遂げた>というエピソードを取り上げます。
「これまでで一番心に残る、最高の仕事ができました!」
<「君の仕事は、いったい何?」~『仕事の再定義』で沈滞していたチームが一変...くすぶっていた若手が、常識破りのチャレンジをやり遂げた【部下の心を動かした『胸アツ』エピソード「2」中編】>の続きです。
大川さんにはもう一人、気になる中堅の女性部下のHさんがいました。中途入社してきた転職者で経験値やスキルが高いにもかかわらず、今の職場の流儀に馴染めずにくすぶっていたのです。
ちょうどその頃、大川さんは雑誌の大幅リニューアルを目論んでいました。従来の雑誌は、就活スケジュールに沿い、月ごとの定番企画が決まっていました。業界・企業研究、エントリーシートの書き方、模擬面接テクニックなど、毎年同じテーマが続きます。
就職はゴールではなく、社会人としてのスタート。働くことは決して楽ではないけれども、楽しいものだと大川さんは考えていました。だから、目先の内定獲得マニュアルよりも、ガラリと変えて、未来の可能性あふれる学生たちが社会人になってワクワクしながら働いているイメージを膨らせられるよう、未来志向の雑誌にしたかったのです。
しかし、人は変化を怖がるものです。そうした大リニューアルなど、ベテラン層を中心にした社内守旧派にとっては、もっての外。しかし大川さんは、これも担当役員とじっくり相談を重ね社内調整を頼み、断行することに。
すると、この動きを見ていたHさんが、リニューアルのリーダーとして手を挙げてくれたのです。実は、社外を知っている転職者であるがゆえに、Hさんは今の編集方針や毎年同じことを繰り返す企画について疑問を抱いていたのです。でも、職場の大勢に呑まれて自己主張を我慢していたのでした。
大川さんは、Hさんの姿勢を歓迎し、提案もできるだけ取り入れました。T君のときと同様に、Hさんが社内の抵抗勢力を前に挫けそうになるごとに勇気づけ、大きな後ろ盾となり続けたのです。
リニューアルは無事に進み、Hさんはリニューアル記念セレモニー式典の企画運営も自ら買って出ました。リニューアルに至るまでのメンバーたちの奮闘を伝える音楽動画も熱心に製作。当日は、その出来栄えにメンバー全員が大絶賛。大盛り上がりでした。
「これまで仕事をしてきたなかで一番心に残る、最高の仕事ができました!ありがとうございます」
Hさんはこの一連の仕事を振り返り、上司の大川さんにしみじみ語ったのです。
仕事の目的に立ち返り、仕事を再定義する大切さ
このエピソードからの学びを、3点挙げましょう。
第1は、やはり部下に仕事の目的に立ち返らせることの大切さです。自分の仕事が目指す目的に腹落ちをさせて、働きがいへと結びつけるのです。
大川さんは「あなたの仕事は何?」と問いかけつつ、組織としての仕事は「ひとりでも多くのいい就職をしたいと願うこの国中の学生の就職活動を応援すること」と定義をして、部下に共有しながら動機づけていきました。
P.ドラッカーは、こう語っています。
「知的労働の生産性の向上を図る場合にまず問うべきは、『何が目的か。何を実現しようとしているのか。なぜそれを行うか』である」
つまり、目的から逆算して仕事を定義し直せ、と言っているのです。これは前編で紹介した「石切り職人の寓話」とも共通します。今日風に言い換えれば「パーパス」。組織や仕事の目的であり存在意義です。上司には、まずこれを自分の言葉で語り、部下としっかり共有することが求められるのです。
第2に、部下が仕事の目的に立ち返り行った創意工夫を、上司はできるだけ尊重し、信じて任せ、支援することの大切さです。「部下のモチベーションが低い」「主体性がない」「チームの連携や協力が進まない」というのは、部下が上から割り振られた仕事やノルマをこなすばかりで、「やらされ感」が蔓延しているからです。
部下が仕事の目的に目覚め、チャレンジ意欲を示したならば、絶好の成長のチャンス。少々難易度の高い仕事でも、自ら声をあげたのですから、背伸びを促し見守りましょう。
部下が無事課題を達成できれば、自己統制感や自己効力感が高まり、確実にモチベーションアップにつながります。組織も、共通の目的をめざし協力し合う『自走する組織』になっていくのです。
第3に、部下のチャレンジを実現するために、上司はその上司や組織上層部としっかりコミュニケーションしておくことが重要です。大川さんは節目ごとに担当役員としっかり相談し、事前の組織内調整や必要な人事なども画策しています。
そのことによって、部下の他部署の領域や社外にはみ出す越境行動や、旧来の常識をぶち破る改革が実現しているのです。ボスマネジメントも重要な中間管理職としては上司力の一つであると心得ましょう。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等30冊以上。最新刊は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)。