「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~部下の心を動かした『胸アツ』エピソード」では、実際にあった感動的な現場エピソードを取り上げ、「上司力(R)」を発揮する方法について解説していきます。
今回の「エピソード2」では、<「君の仕事は、いったい何?」~『仕事の再定義』で沈滞していたチームが一変...くすぶっていた若手が、常識破りのチャレンジをやり遂げた>というエピソードを取り上げます。
「部下のモチベーションが低い」「互いに協力してくれない」のはなぜか?
私たちが開講する「上司力(R)研修」で、受講者に対し「現場で日々感じているマネジメント課題は何ですか?」と問いかけると、ほぼ決まって上がってくる答えがあります。
「部下のモチベーションが低い」
「もう少し主体的に仕事をしてほしい」
「メンバー同士の仲が悪い」
「なかなか思うように互いの連携や協力をしてくれない」
こういった悩みの声です。
研修では、こうした「部下の責任」と上司がとらえている現象の真因を深掘りし、「上司自身の自責」(上司自身が変わるべき課題)としてとらえ直します。そして、解決への心構えと道筋をグループワークで話し合いながら、「上司力(R)」を高めていくのです。
それにしても、「部下の困った状態」の原因は、いったい何なのでしょうか?
「3人の石切り職人」の寓話が意味するもの
みなさんは、「3人の石切り職人」の寓話を聞いたことがありますか?
あるところに、作業をしている3人の石切り職人がいました。そこを通りかがった旅人が、3人に「あなたは何をしているのですか?」と訊ねました。
1人目の男は「これで生計を立てているんだ」と、不機嫌そうに答えます。これに対し、2人目の男は「国中で一番の石切りの仕事をしているんだよ」と、少し自慢そうに答えます。そして、3人目の男は目を輝かせながら「世界一立派な大聖堂を造っているのさ」と、答えたというお話です。
P.ドラッカーの引用をはじめ、石切り職人のセリフや解釈には諸説ありますが、だいたい同様の展開です。
同じ石切りの仕事でも、その目的をどう捉えるかで、働きがいも違ってきます。そして「より素晴らしい大聖堂を建てよう」と思えば、石の切り方も変わってくるかもしれませんし、自分ができる工夫や役割も見つかるかもしれません。
このように、同じ作業でもその目的に立ち返ることで、仕事の意味合いや職場の風景も変わって見えてきます。この寓話からは、仕事の目的を理解することの大切さを学ぶことができるでしょう。
これは単に部下側だけの問題ではありません。上司がどのように部下たちに仕事の目的を説明し、任せるかが重要なのです。
今回紹介するエピソードは、まさに冒頭に上げたような部下たちのモチベーションが低下し、互いに協力もしないギスギスした職場に着任した上司が取り組んだ、奮闘の物語です。
「君の仕事は、いったい何?」
大川さんは、就職情報メディアを統括する編集長に着任しました。同部門には100人ほどのメンバーが所属し、課長級の上司が率いる5つのチームに分かれ、それぞれの持ち場で仕事をしていました。
「何だか職場の空気が良くないな...」
大川さんは、役員から沈滞する組織風土の改革を求められていたのですが、着任初日から想定以上の違和感を覚えたといいます。みなパソコンのモニターとにらめっこをしていて、隣同士でもあまり会話がない。挨拶も滞り、笑い声も起こらないギスギスしたムード。殺伐とした雰囲気を感じたのです。
組織改革の手始めとして大川さんは、現場リーダーや気がかりなメンバーたち一人ひとりと面談を始めました。そこで「あなたは今どんな仕事をしているの?」と聞いてみました。「はい、私は雑誌の連載を担当しています」。
大川さんは「ほう、そうか」と頷きながら、日ごろ感じていることや悩みを聞くことに徹します。他の部下たちとの面談でも同じ質問を続けます。
「私は広告枠の管理をしています」「私は雑誌編集の進行管理をしています」「私は営業部門との連携窓口をしています」...。なるほど、なるほど。みんな決められた役割を真面目にやっていることが理解できました。
しかし、多くの部下に「あなたの仕事は何ですか?」と質問することで、大川さんはなぜこの職場が沈滞しているのか、その原因を突き止めました。
一人ひとりは、自分の役割に懸命に取り組んでいるものの、それらがつながり合った組織全体として何をゴールとして目指しているのか、誰一人として語らないことに気づいたのです。
また、こうも確信しました。
「モチベーションが低い・協力的でない・主体性がないのは、部下たちの責任ではない。みんな真面目に頑張ってくれている。問題の原因はマネジメントにあり、これまでの上司が目先の業務管理に終始し、組織として目指すものを伝えていなかったからだ」
組織共通の目的を根気よく語りかける
1か月ほどかけて面談をやり切ったあと、大川さんは同じ部下たちともう一度面談を始めます。そして、また同じ質問をしたのです。
「また時間とってもらってありがとう。ところで、あなたの仕事は何なの?」
「え? ですから、連載の...」
「たしかに、そうともいえるね。でも君が本当に取り組むべき仕事は、ひとりでも多くのいい就職したいと願うこの国中の学生の就職活動を応援することなんじゃないかな」
「あなたが今やっている仕事は何かな?」
「ええと、広告枠の管理を...」
「その先にあるものは? あなたの仕事は、ひとりでも多くのいい就職したいと願うこの国中の学生の就職活動を応援することじゃないかな」
大川さんは、朝も昼も夜も、会議の場でも飲み会の席でも、ずっと同じ話を繰り返したのです。たしかに、一人ひとりの役割は編集、広告枠管理、営業推進などと違うかもしれない。しかし、組織としての目的は共通している。そのことを各部下が心の底から実感してくれるまで、同じセリフを言い続けたのです。
そうするうちに、メンバーたちに変化が起こりはじめました。特にくすぶりがちだった若手の心に火が付いたのです。
この続きは<「君の仕事は、いったい何?」~『仕事の再定義』で沈滞していたチームが一変...くすぶっていた若手が、常識破りのチャレンジをやり遂げた【部下の心を動かした『胸アツ』エピソード「2」中編】>で紹介していきます。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等30冊以上。最新刊は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)。